いわし雲

なかなか休日がとれないスケジュールにももうすっかり慣れているのだが、
疲れを覚えるようになってきたのは間違いない。
年齢のせいなのだろう。
特に朝はそれをよく感じてしまう。
今朝もちょっと重たく感じる身体をはげますようにして家を出た。
団地の敷地から慎重にそっと歩道に出て歩き始める。
朝はスピードが出ている自転車が多いからだ。
音響信号の音が聞こえるところまでまっすぐに歩く。
そこから、僕にとっては難関のひとつである大通りの横断歩道を渡る。
侵入してくる自動車のエンジン音に注意しながら、そしてひるまずに、
同じリズムと同じスピードで歩くのは高い技術も必要だ。
横断歩道のこちらからあちらまで僕の成功率は8割くらいだろうか、
2割の時はたどり着いたらガードレールということになる。
今日は成功した。
たどり着いた瞬間、小さな溜息が出る。
ほっとするのだろう。
そこから先は点字ブロックがあるから歩きやすい。
ほどなくバス停に着いた。
バスはそんなに込んでいる雰囲気ではなかった。
空いている座席を見つけられない僕は、
乗客とか運転手さんとか誰かが教えてくださった時だけ座ることができる。
今朝は終点のJR桂川駅まで立ちっぱなしだった。
バスを降りて点字ブロックを頼りに駅のみどりの窓口へ向かう。
駅員さんに、桂川駅での乗車と目的地の新大阪駅での降車のサポートをお願いする。
快く引き受けてくださる。
新大阪駅への連絡などの準備が整って、駅員さんとホームに向かう。
電車が到着するまでの数分間、僕は駅員さんの肘を持ったままで立っていた。
「いい天気ですね。」
ふと駅員さんが話しかけてくださった。
「秋空ですか?」
僕はそっと上を向きながら聞いてみた。
駅員さんは空を見上げながら、
「いわし雲ですね。秋の空です。」
その瞬間、僕の脳裏には真っ青な空となんといわしがそのまま登場してしまった。
何匹ものいわしが、空を悠々と泳いでいるのだ。
僕は間抜けな自分を笑いそうになるのを我慢しながら、
「秋の空ですね、ありがとうございます。」
感謝を伝えた。
電車に乗って、心がとても軽くなっているのに気付いた。
疲れが、いわし雲の向こうに泳いでいったのだろう。
駅員さん、ありがとうございました。
今度ゆっくり、いわし雲をイメージしてみますね。
(2014年9月15日)