一筋路地を入っただけで駅前の喧騒は嘘のようだった。
路地を少し進んだところにそのウナギ料理店があった。
小上がりを上がって掘りごたつに座るとおいしいお茶が出てきた。
食いしん坊の僕のために彼はちゃんと人気店の予約を取ってくれていた。
20人も入れば満員の店は僕達でいっぱいになった。
この店は注文があってからさばくので少し時間がかかるらしい。
他のお客様が注文される声が聞こえていたが、
やはりみなさん40分の時間を求められていた。
僕の忙しさを知っている彼は約束の時刻から逆算して注文を済ませてくれていた。
だから僕達にはそんなに待たずに料理が運ばれてきた。
四角いお盆にはうな重と肝吸いとお漬物が行儀よく並んでいた。
うな重の蓋を開けた瞬間香ばしい匂いが広がった。
一瞬で笑顔になった。
しかも、僕が楽しめるように関西風と関東風のウナギが載っていた。
そのままで少し食べた後、次に山椒をふってくれた。
味わいが変化していった。
肝吸いも端正で上品な味だった。
これほどおいしいと感じた焼きたてのウナギは初めてだったかもしれない。
僕はまんまと彼の計算通りに幸せになった。
そしてまた笑顔になった。
ひょんなことで彼と出会ってからもう10年以上になる。
最初は仕事で奥様と知り合ったのだが、いつの間にか彼との再会が楽しみになった。
僕が出張で東京に来た機会を狙ってだいたい毎年会っている。
特別に長話をするわけでもないし深刻な相談事があるわけでもない。
少しの近況報告をして、それぞれが元気で再会できたことを喜び合うという感じだ。
ひっつき過ぎず離れ過ぎずの関係は大人の男同士だからこそのものだろう。
絶妙の距離感のような気がする。
いつものようにホテルの部屋まで送ってもらって硬い握手をして別れた。
また来年もお互い元気で会えますようにと自然に思った。
(2018年12月17日)

冬の朝

まだ始まったばかりの朝の中を歩く。
冷たい風が冬を主張している。
無意識に息を吐いてみる。
息が白くなるのは見えないのにそうしてしまうから不思議だ。
コートの襟を立てて手袋をはめて歩く。
白杖の動きは季節に無関係だ。
左右にしっかりと振りながら歩く。
僕の日常がそこにある。
いつの間にか地域の風景にも溶け込んできたのだろう。
「おはようございます。」
すれ違いざまに挨拶をしてくださる人がいる。
落ち葉を掃いている箒の音がした。
「おはようございます。ご苦労様です。」
僕の方から声を出す。
「おはようございます。気をつけていってらっしゃい。」
初老の男性の返事の声をうれしく感じる。
「行ってきます。」
僕は元気に返して朝の中を進む。
いい一日になりそうな気になる。
(2018年12月14日)

自分の顔

家族や友達の顔は思い出せるのに自分の顔は思い出せない。
アルバムにあった子供の頃の写真を朧げに憶えているくらいだ。
成人してからは自分の顔はあまり見ていなかったということだろう。
女性のように鏡も見なかった。
見えている頃に男前とかイケメンと言われたことは一度もなかった。
そんな顔にあまり興味もなかったのだろう。
よく着ていたポロシャツなどのデザインや色合いなどはしっかりと記憶している。
好きだったからだろう。
60歳を超えてから風貌がどう変化しているのか少しは興味がある。
興味ではなくて不安なのかもしれない。
シルバーグレーのおじいさん、素敵だと思っていた。
残念ながら僕はハゲるタイプだ。
シャンプーしながら指先で実感している。
先日、中学校の福祉授業で生徒から質問を受けた。
「もしいつか見えるようになったら、自分の顔を見たいですか?」
咄嗟に答えられなかった。
20年も自分の顔を見ていないのだから仕方ない。
見えた方がいいものとそうでないものとがあるような気もする。
今日、散髪屋さんに行った。
60歳以上は200円のシルバー割引のある店だ。
「まだ60歳ではないですね。」
レジのおねえさんが自信あり気におっしゃった。
一瞬ニヤリとしたけれどしっかりと主張してしまった。
「60歳を超えています!」
あーあ、どんな顔で言っていたのかな。
(2018年12月10日)

趣味は映画鑑賞

「趣味は何ですか?」
問われるたびに僕は口ごもっていた。
忙しさでごまかしているのは自覚していた。
そんな自分が少し情けなかった。
そんな生き方を寂しく感じていた。
僕の周囲の視覚障害の仲間達はいろいろな趣味を持っておられる。
読書、俳句、短歌、川柳、楽器の演奏、音楽鑑賞、カラオケ、散策、登山、旅行、
ジョギング、マラソン、視覚障害者用の卓球、タンデム自転車、水泳、社交ダンス、
食べ歩き、手芸・・・。
ちょっと思い出しただけでもどんどん出てくる。
そして活き活きと人生を楽しんでおられる。
趣味はそれぞれの人生を豊かにしてくれているのは間違いない。
うらやましさも悔しさもあった。
その僕が今年はやっと言えるようになった。
「趣味は映画鑑賞です!」
20年前、見えなくなった時に映画鑑賞はあきらめた。
数回映画館に足を運んだが途中でストーリーについていけなくなった。
やはり見えないと無理だと感じた。
その後ボランティアさん達の努力でバリアフリー映画が登場した。
いろいろな映画に副音声を付けて上映会が催されるようになったのだ。
僕も何度も足を運んだ。
ただ、日時と場所が決まっているのでなかなか手軽に参加は難しかった。
今年、スマートフォンに映画館で副音声が聞けるアプリを入れた。
一般の映画館で僕の時間に合わせて映画鑑賞ができるのだ。
『万引き家族』
『焼肉ドラゴン」
『空飛ぶタイヤ』
『カメラを止めるな』
『コーヒーがさめないうちに』
『ビブリア古書堂の事件手帖』
『人魚の眠る家』
毎月のように映画館に足を運んでいる。
東京で会議の後、3時間くらいあったら映画と決めている。
一般の映画館で見える人達と一緒に新作の作品を鑑賞できる。
ひとつの未来の形があるのかもしれない。
今年中に『家族色』も是非見たいと思っている。
僕の故郷の阿久根市が舞台になっている映画だそうだ。
ほんの少しだけど、確かに人生が豊かになった。
(2018年12月6日)

経験

彼は未熟児網膜症で生後三か月で光を失った。
体重は1500グラムだったそうだ。
保育器は彼の命を救ったが網膜の成長は止めてしまったらしい。
だから見た経験はない。
「IPS細胞の研究も日進月歩だから、いつか見えるようになるかもしれないね。」
50歳前の彼にはチャンスがあるかもしれないと思って、僕は希望的観測を伝えた。
彼はきっぱりとそれを拒否した。
「見えるという言葉を知っているし、なんとなくの想像はあります。
でも、あくまでも僕の想像です。」
彼は淡々と語った。
想像と違ったら、それを受け止める自信がないとのことだった。
怖いとも表現した。
そして、見えないと言われる状態でもちゃんと生きてこれたのだと言った。
僕は50年という歳月を彼が生きてきたのだと痛感した。
医学は見えない人が見えるようになることをよしとするだろう。
でも、人間の心はそうとも限らないのだ。
それは見たことのある僕には理解できないことなのかもしれない。
別れ際にそっと尋ねてみた。
「なんとなくだけど、今日は声が弾んで聞こえたんだけど。」
「そうでしょう。今、好意を寄せている人がいるんですよ。」
彼は笑った。
僕はなんとなくほっとした。
見えるとか見えないとか、彼にはたいしたことじゃないのかもしれないと思った。
(2018年12月3日)

体調

たまには風邪気味の日もあるし体調の悪い日もある。
そんな時の外出は大変だ。
いつもより慎重に移動しタクシーの利用も増える。
ボランティアさん達に頼ることも増える。
それでも仕事を休むことはほとんどないので頑丈なのだろう。
日程変更ができないとか代打も無理という種類の仕事が多いのも理由かもしれない。
ここ数日はお腹の調子が悪かった。
お医者さんに通院して下剤と整腸剤を頂いた。
下剤はどのタイミングで服用するかを迷った。
単独での移動中に、あるいは講演中に催したら大変なことになる。
トイレを見つけるのも駆け込むのもできない。
かと言って紙パンツはまだ早いという自負心もある。
紙パンツを使っても、その処理をいつどこでするのかさえも大変な気がする。
結局ひやひやしながらの数日だった。
まだ完全復調ではないけれどなんとか落ち着いてきた。
健康で仕事ができるって本当に幸せなことだ。
体調が悪くなって実感となる。
目が見えるって素晴らしい。
見えなくなって実感となる。
同じだな。
今生きていることが幸せなことなのだ。
(2018年11月29日)

晩秋の風景

「薄雲がかかった夕日は優しいオレンジ色に辺りを染めています。
川面はキラキラ輝き、歩道脇のイチョウは黄金色に輝いています。」
彼女のメールは1枚の写真のようだった。
僕は見たことのない晩秋の風景を想像した。
僕の頭の中でイチョウの葉が舞い始めた。
オレンジ色に輝く光の中をイチョウの葉がゆっくりと舞った。
雪のように静かに舞った。
現実にはあり得ない風景だった。
そしてイチョウの向こう側で彼女が笑った。
見たことのない彼女の笑顔がキラキラしていた。
彼女が一番届けたかったのは秋を感じた喜びだったのだろう。
僕は空を見上げて深呼吸した。
そして笑顔になった。
(2018年11月25日)

車椅子のおばあちゃん

憶えたい駅からのルートをガイドさんと一緒に歩いたのは数日前だった。
ポイントをチェックしながら二度も歩いた。
駅の構造や道の方向などを頭の中の地図に書き込んでいった。
一応の自信も生まれた。
ところが、今日単独で歩いてみたら失敗してしまった。
難関の歩道の移動は見事にクリアしたのに、
駅の多目的トイレの場所が分からなくなってウロウロしてしまったのだ。
見えないとはそういうことだ。
気づいた通行人の男性が駅員さんに場所を確認してくださった。
改札口を入ったところにあるとのことだった。
冷静に考えれば当たり前のことなのだが、
バスを降りて階段を上ったところと勘違いしてしまっていた。
実際には電車を降りて階段を上ったところだったのだ。
通行人の方、駅員さんのサポートで無事トイレにたどり着いた。
使用中だと駅員さんが教えてくださった。
お礼を伝えて一人で待つことにした。
「さっき入らはったばかりだから、時間がかかるかもしれないよ。
私も待っているけど、先に入っていいからね。」
突然左側の低い位置から声がした。
車椅子の高齢の女性だった。
僕がモジモジしているのが伝わってしまったのだろう。
「大丈夫ですよ。」
僕はやせ我慢で返事をしたが、彼女はもう決めたようだった。
「お互い様だからね。中で困ったらボタンを押しなさいね。」
まるで我が子に話すようにおっしゃった。
僕はかあちゃんに言われているような気になってとてもうれしくなった。
先にトイレを使用させてもらってからお礼を伝えた。
それから階段を下りてホームに向かった。
「ホームも気をつけるんだよ。」
背中からまた彼女の声がした。
僕は一瞬立ち止って後ろを振り返った。
「ありがとうございました。そちらも気をつけてくださいね。」
今朝自宅を出てからバス、阪急電車、バスと乗り継いでライトハウスに向かった。
お昼過ぎに会議を終えて近くの食堂で好物のポンカラ定食を頂いた。
「先生、カキフライも始まったよ。」
僕を知っている食堂のおかみさんが小声でささやいてくれたけど
初志貫徹でポンカラにした。
鶏のから揚げをポン酢で食べるというものだ。
慣れたおかみさんは店内の誘導から食事の説明まで見事にやってくださる。
胃袋も心も満足して店を出た。
それからバスで駅に向かい地下鉄に乗り換えた。
一瞬ホームで方向を見失ったが通行人が助けてくださった。
新しく憶えた駅からバスで大学まで行って講義を済ませた。
帰りはまた同じルートでいつもの四条駅で阪急電車に乗り換えた。
秋の京都の中心駅は人でごった返していた。
点字ブロック沿いに歩く僕をまた通行人の方が改札口までサポートしてくださった。
地元の桂駅に着いた。
コンコースを歩いて歩道橋に向かった。
また別の方が声をかけてバス停まで連れて行ってくださった。
今日一日で利用したバス7回、乗車した電車4回、我ながら凄い移動だ。
目が見えれば、誰とも話さずスマホでも見ながらできることなのかもしれない。
でも、見えない僕にはそれはできない。
今日手伝ってくださった通行人など5名くらいかな。
食堂のおかみさんとも駅員さんとも会話をした。
そして車椅子の素敵なおばあちゃんにも会えた。
これって、どう考えても幸せですよね。
勿論、目は見えた方がいいに決まっているんですけどね。
これから、あのおばあちゃんにまた会えたらいいなって思いながら、
あの駅を利用することになります。
教えてくれたガイドさん、サポートしてくださった皆さん、駅員さん、おかみさん、
そして車椅子の素敵なおばあちゃん、
ありがとうございました。
(2018年11月24日)

未来は日本語で

京都駅八条口の新幹線中央口が待ち合わせ場所だった。
桂から阪急に乗り、四条で地下鉄に乗り換えて京都駅に向かった。
京都駅ではホームを北から南へ移動した。
この駅はホーム柵があるから安心だ。
ただ人は多いからゆっくりと歩かなければいけない。
キャスター付きの大きなバッグを押しながら歩いている人も多い。
旅行客は突然方向転換をしたりするからそれにも気を配らなければいけない。
外国人の中には白杖や点字ブロックの意味を知らない人もいる。
自国でまだそういう文化がないということだ。
そしてスマートフォンを見ながら歩いている人もいる。
前方をあまり見ないで歩いているのだからやっかいだ。
便利な道具を否定はしないがマナーも欲しい。
慎重に歩いて、改札を出て階段を上った。
在来線の改札口の改札機の音が右から聞こえてきた。
僕の頭の中の地図と合致している。
それからまた歩いてコーヒーの香りもしてきた。
確か近くにスターバックスがあったんだったかな。
新幹線東改札口を過ぎてしばらく歩いたところで白杖が点字ブロックを見失った。
あまりの人の多さでルートから外れてしまったのだ。
再度点字ブロックを探そうとしたが見つからなかった。
たくさんの人が歩いているから白杖をあまり大きく動かせない。
振り幅を小さくして見つけようと試みたが見つからない。
その瞬間だった。
誰かがそっと僕の白杖の下の部分を持って斜め右50センチくらい前に動かした。
そこには点字ブロックがあった。
「This way please!」
外国の女性だった。
英語能力の低い僕にもしっかりと伝わった。
動きも言葉も洗練されていたということだ。
かっこいいと思った。
「Thank you!」
僕はしっかりと感謝を伝えてまた歩き出した。
未来はきっとこういうシーンが増えていくのだろう。
いろいろな立場の人達が行きかい、
いろいろな国の人達が声をかけてくださる。
でもやっぱり、日本語の声が多くあって欲しいな。
(2018年11月22日)

鍛錬

家の中では白杖は使わない。
外出の時には必ず持つが帰宅したら玄関の傘立てに立てている。
サングラスも整理ダンスの一番上の引き出しに片付けている。
室内は触覚を使って移動している。
この触覚は手のひらだけではない。
手の甲、腕、身体中の触覚がセンサーみたいなものだ。
あっちを触りこっちに触れあちこちに当たりながらすりながら移動するのだ。
人の気配がある時は声も出す。
「通ります。通ります。」
つぶやきながら歩くのだ。
それで一応安全に日常生活が成り立っている。
ただ慣れというのはいい加減な行動につながってしまいがちだ。
油断が生まれたりする。
今朝もそうだった。
いつものように前方に出した手が少しずれていたのだろう。
柱の角に思い切りぶつかった。
一瞬で目が覚めた。
痛さに立ちすくんだ後、額を触ったら案の定濡れていた。
出血だ。
顔を洗って綺麗に流してからバンドエイドを貼ってもらった。
一年に一回くらいはやってしまう。
目が見えなくなった最初の頃はこの痛さに気持ちまでが萎えてしまっていた。
最近はまたやってしまったかという感じだ。
そして何故ぶつかったかの分析をしたりしている。
ぶつかってしまう技術が悔しいのだろう。
気持ちも鍛えられていくのだな。
鍛錬みたいなものかな。
でもやっぱりぶつかりたくないです。
痛いのは嫌ですからね。
極めるまで頑張ります。
(2018年11月17日)

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