栄光館のチャペル

栄光館の建物の三階にあるチャペルで講話をする機会を頂いた。
栄光館は歴史の重みを感じさせる重厚な雰囲気が漂っていた。
新島襄の妻の八重の葬儀はここで行われたし、ヘレンケラーの来日の際の講演会場に
もなった建物だ。
そこの三階に続く石段はそのままだった。
エレベーターも何もなかった。
自分の足で一段一段を上っていった。
不思議な感覚になった。
チャペルにはおごそかな空気が流れていた。
歴史が過去の者ではなくて今につながって生きていることを感じさせられた。
僕自身が洗浄されていくような気がした。
空気は誰にも見えない。
僕にも他の人にも見えない。
それでも等しくそこにある。
当たり前のことがとても深い意味のあることのように感じた。
感謝を意識しながら呼吸した。
(2019年12月11日)

ランチへの道

午前の小学校での福祉授業を終えて午後の大学に向かった。
どこで昼食をとれるのか悩みながら移動していた。
慣れないコースの移動だったので記憶のデータはほとんどなかった。
乗り換えの三条京阪で探すことにした。
地下広場のどこかにカフェがあったような記憶があった。
微かな記憶だった。
僕は改札口でカフェがあるかを駅員さんに確認した。
確かに広場にカフェはあるとのことだった。
改札口から歩き始めたが、単独で行ったことはなかったので地図は描けなかった。
コーヒーの香りでもしないかと鼻をピクピクさせながらゆっくり歩いた。
やっぱり僕の鼻はワンちゃんのようにはいかなかった。
サポート依頼をするしかない。
僕は足音に向かって声を出した。
足音はなかなか止まらなかった。
僕を避けて遠回りしていく足音もあった。
年に数回ある運の悪い日だった。
昼食をあきらめようかと一瞬思ったが空腹感が勝利した。
僕はまた声を出した。
やっと止まってくださったご婦人がお店の前まで連れていってくださった。
しっかりとお礼を伝えてお店に入った。
お店はテイクアウト専門のパン屋さんだった。
愕然として悲しくなった。
どこかにカフェがないか尋ねたら反対側にあるとの答えだった。
僕は仕方なく店を出た。
トボトボ歩き始めた。
「カフェまで案内しましょう。」
さっきの店員さんが追いかけてきてくださった。
大学生くらいの若い女性だった。
きっと店番を他のメンバーに頼んで出てきてくださったのだろう。
やさしさが心に沁みた。
単純な僕はまた元気を取り戻した。
カフェの前で彼女にしっかりとお礼を伝えて中に入った。
今度は次のステップが待っていた。
注文をして座席を探さなければならない。
僕の前には他のお客様がいらっしゃるようだった。
僕は確認も含めてすみませんと声を出した。
何の反応もなかった。
とりあえず、その方の注文が終わるまで動かないことにした。
僕の順番になったことを確認してから注文カウンターに移動した。
いや正確に表現すれば、白杖がカウンターにぶつかるまで動いた。
「店内でお召し上がりですね。」
確認してくださったお店の人に簡潔に話した。
「コーヒーと一緒に何か食べたいのですが、目が見えないので教えてください。」
彼女はサンドウィッチの種類などを上手に説明してくださった。
そのやりとりでサポートを受けられる自信が生まれた。
僕はスモークサーモンとアボガドのサンドウィッチを注文した。
予定通り、座席まで誘導してくださって問題なく食べることができた。
たった一度の食事、どれだけのエネルギーが要るのだろうとしみじみと感じた。
そのせいもあってかとてもおいしかった。
コーヒーの香りが胃袋から脳に伝わっていくような気分になった。
食事が終わって座席を立った。
さっきの店員さんが出口まで誘導してくださった。
「点字ブロックまで動いた方がいいですよね。」
彼女はそう言って離れた場所の点字ブロックまで動きながら、次にどこに向かうかの
確認をしてくださった。
僕は京阪電車の改札口に向かうことを告げた。
「じゃあついでだからそこまで行きます。」
僕は彼女の肘を持たせてもらって改札口まで行くことができた。
悲しいことも残念なこともある。
でも同じくらいうれしいこともある。
だからこうして一人での外出を続けられるのだろう。
僕は彼女に深く頭を下げてから次の駅に向かった。
(2019年12月6日)

少女達の笑顔

ライトハウスでの理事会が終了したのは15時半過ぎだった。
16時半のさわさわでの職員面接にぎりぎりのタイミングだった。
晩秋の京都の好天の日曜日、道も駅も大混雑なのは予想できた。
僕は瞬間的に頭の中でルート設定をした。
そしてバッチリのタイミングでバスに乗車した。
乗客がすぐに空いてる席を教えてくださった。
座席に座ってほっとした。
何とかなるかなと漠然と考えていた時だった。
「松永信也さんですね。」
先日講演にお招き頂いた中学校の生徒達だった。
話しかけてくれた時から彼女達は笑顔だった。
僕は3人と自然に握手した。
映画を見に行った帰りとのことだった。
映画の感想などを聞いているうちにバスはターミナルに着いた。
地下鉄の改札口まで彼女達がサポートしてくれた。
何の問題もなくスイスイと歩いた。
僕が一人で動くのと比べればはるかに早く動くことができた。
改札口で彼女達にお礼を伝えてホームに向かった。
ホームに着くのと同じタイミングで電車が到着した。
僕は昨日の今日と自分に言い聞かせながら慎重に乗車した。
もういないはずの少女達の笑顔が見守ってくれているような気がした。
有難いことだと心から思った。
(2019年12月2日)

勘違い

めったに利用しない駅だった。
駅の構造は何も分かっていなかった。
僕は躊躇なくサポート依頼を駅員さんに告げた。
駅員さんは慣れておられた。
エスカレーターは大丈夫かと尋ねられたので何でも大丈夫と答えた。
エスカレーターに乗るのも降りるのも僕達は息が合っていた。
「椅子に座りますか?」
駅員さんは急ぎ足で歩きながら尋ねてくださった。
「立っていて問題なしです。」
僕は電車が到着するまでのわずかな時間くらい平気だった。
「どうぞ。」
それでも駅員さんがおっしゃってくださったので僕は座ることにした。
椅子を白杖で確認して座ろうとした。
瞬間、電車とホームの間に見事に落ちてしまった。
幸い、僕のサポートの駅員さんと見守りの乗務員さんが両脇におられたので瞬間的に
引き上げてくださった。
ケガはなかった。
エスカレーターでホームに着いた時点で電車は到着していたのだった。
僕はそれを分かってはいなかった。
駅員さんが座るかと尋ねてくださったのは電車の中でという意味だった。
電車の到着を待つと思った僕は、ホームの待合の椅子に座ると思ってしまったのだ。
白杖で確認して椅子と思ったのは電車の乗り口だった。
そこに足を出してしまったのだから見事に落ちてしまったのだ。
勘違いで起こってしまったことだった。
駅員さんは幾度もケガがないかと尋ねてくださった。
大丈夫ですと僕は恐縮して答えた。
勘違いしたことを申し訳ないと思った。
毎年のように視覚障害者のホーム転落のニュースが流れる。
原因のひとつは方向を勘違いして動いてしまうことらしい。
慎重に動いているつもりでも起こってしまう。
それが見えないということなのだろう。
用事をすませて、バスと電車を乗り継いで地元の駅に着いた。
いつもの半分のスピードで恐る恐る歩いていた。
「一緒に行きましょうか?」
女性の声がした。
彼女の肘を持たせてもらった瞬間、本当にほっとした。
恐怖がまだ身体のどこかに残っていたのだろう。
僕は改札口で彼女にしっかりとお礼を伝えて歩き出した。
勘違い、きっとまたいつかどこかで起きるだろう。
助けてくれる人がいるかいないか、そこで運命が分かれてしまうのかもしれない。
そんなことを考えたらまた怖くなった。
とりあえず、頑張るしかない。
もっと慎重にもっと集中して動かなければとあらためて思った。
(2019年11月30日)

加茂街道

教頭先生と担当の先生が最寄り駅まで車で送ってくださった。
生徒達は落ち葉の掃除をしていた。
その中を車は動き出した。
どこの道をどう通ったのかは分からない。
会話の中に加茂街道というワードが出てきた。
その辺りを通ったのだろう。
ふと懐かしい映像が蘇った。
見える頃、北大路橋から加茂川の西側の堤防を数えきれないくらい歩いた。
春夏秋冬歩いた。
加茂川の流れも北山の風景も大好きだった。
特に桜の季節はわざわざ足を運んだ。
桜街道と勝手に名付けていた。
紅葉の中を車は走っていたはずだが、
僕の頭の中では桜が満開になっていた。
青空に映えて美しかった。
「忘れられない景色ってありますか?」
講演の後に中学生から出た質問を思い出した。
そんな質問が出る空気になったことだけで僕は満足していた。
見えない悲しさを消し去ることはできない。
見えない悔しさを忘れることも無理だ。
でも、人間同士の交わりがふと幸せを運んでくることもある。
眠っていた桜街道が見事に蘇った。
少年少女達にそっと感謝した。
この道はきっと未来につながって行くだろう。
(2019年11月27日)

小春日和

落ち葉を踏みながら歩く。
足裏の感覚も微かな音もうれしくなる。
楽しくなる。
黄色や赤色を思い出す。
自然に「もみじ」の童謡の歌詞とメロディィが頭の中で蘇る。
心の中で口ずさみながら歩く。
また足裏が秋を見つけた。
そっとかがんで触ってみたらやっぱりどんぐりだった。
頭の中の音楽が「どんぐりころころ」に変わる。
風さえ愛おしく感じる。
のんびりとした時間、やっぱり必要だな。
空を眺めて深呼吸したら何故だか涙がこぼれた。
(2019年11月24日)

教育者

放課後の中学校の教室、学年の先生方と僕は話し合いをした。
視覚障害者のサポートについて生徒達に体験させたいとのことだった。
僕は当事者として関わった。
そして実際にアイマスクを装着していくつかの体験もしてもらった。
先生方はとても熱心に体験されていた。
僕の日常の活動は種蒔きだ。
未来に向かって思いを込めて種を蒔く。
単発で生徒達に出会う僕にはそれしかできない。
発芽した種を育てるのは先生方だ。
だから僕は願いや希望を先生方に託した。
歓談の中にも先生方の教育者としての姿があった。
それぞれの先生が未来を見つめてくださっているのを感じた。
ありがとうございますという思いが身体を包んだ。
土砂降りの雨の中、バス停まで送ってもらいながら自分の人生を振り返った。
僕がこうして今何かを考え生きていけるのは、
子供の頃から出会った先生方が導いてくださったからなのだろう。
出来のいい生徒ではなかった。
手こずらせたことも多くあった。
もう天国にいってしまわれた先生がほとんどだ。
たくさんの生徒に出会われるのだからすべての生徒を記憶してはおられないのかもし
れない。
僕自身もすべての先生の記憶があるわけでもない。
でも教えてくださったことが僕の人生につながっていったのは間違いない。
改めて教育の大きさを感じた。
そして今日出会った先生方の言葉を思い返した。
「共に生きていく社会がテーマです。」
土砂降りの雨はいつかやんで夜空には星が輝くのだろう。
たくさんの星がそれぞれに輝くのは美しいのだろうなと思った。
先生方に深く感謝した。
(2019年11月19日)

鹿児島、福岡、広島、兵庫、大阪、京都、滋賀、岐阜、愛知、神奈川、栃木、群馬、
東京、千葉、埼玉、新潟、岩手、北海道。
研修会には同行援護に関わる人達が全国各地から参加した。
事業所の方もおられたしガイドヘルパーの方もおられた。
視覚障害者当事者の方もおられた。
希望者対象の研修会だから交通費さえそれぞれで対応しなければならない。
思いのある人たちがよりよい制度を目指して集うということになる。
当然、議論は白熱することもある。
僕は主催者側なので司会の係りだった。
残念ながら僕の知識は深くはない。
思いだけはあるという感じだ。
周囲の人達に助けられながらなんとかやっているという状況だ。
限られた時間の中で多くの人の意見を聞いて皆で共有する。
結構ハードな役目だ。
帰りの新幹線の中でぐったりしながら手をポケットに突っ込んだ。
帰りがけに仲間からもらった鈴が出てきた。
耳元で鳴らしたら微かにやさしい音色がした。
彼は北海道の鈴と言いながら僕の手に乗せてくれた。
研修会がどうだったかなんて一切言わなかった。
そこは大人の対応だ。
僕はもう一度耳元で鈴を揺らした。
「ご・く・ろ・う・さ・ま」
心の中でつぶやきながら鳴らした。
ほんの少しでいい。
ささやかでいい。
未来に向かえればいいんだ。
そう思ったらなんとなく安心した。
それから鈴を白杖にしっかりと結びつけた。
(2019年11月17日)

今夜は満月

今夜は満月が綺麗に見えるとラジオから流れた。
僕も見ようと即座に自然に思った。
子供の頃から夜盲の症状があった僕は星は見えなかった。
でも月ははっきり見えていた。
夜道をいつも後ろから付いてくる月は特に好きだった。
いろいろな月をいろいろな場面で眺めた。
思い出を時々月光が照らしている。
美しい思い出だ。
「今夜の月は大きくて綺麗ですよ。」
見えなくなってからも教えてもらうことがある。
その方向の夜空を眺める。
なんとなくうれしくて立ち止ることさえある。
画像があるかないかは関係ないくらいに見えないことに慣れてしまった。
それがいいのかどうかは分からない。
ただ自然に月を眺める。
心で見ているなんて気恥ずかしくて言えないが、
確かに月を眺めている僕がいる。
空気が冷え込んでくる時期にはその美しさも増すのだろう。
今夜は満月。
日本中が秋晴れらしい。
見える人も見えない人もしばしご覧あれ。
月を眺める人達がその瞬間をどこかで共有しているかもしれない。
そう思うとなんか幸せも満月ですよね。
(2019年11月12日)

やせ我慢

電車がホームに入ってきた。
ドアが開いた。
白杖で乗降口を確認して身体を押し入れた。
予想はしていたがやはりとても混んでいた。
僕は入り口の手すりを握りしめた。
身動きもできない状況だった。
昨日は四天王寺大学での講演だったので羽曳野市まで出かけた。
移動だけで往復5時間かかった。
そしてまた今日は早朝から枚方市へ向かっていた。
高校での授業が待っていた。
しかも午前中連続の授業だった。
我ながら体力はあるなと思いながら立っていた。
やせ我慢かなとも思いながら立っていた。
次の駅で僕のいる側のドアが開いた。
僕は押されないようにまた必死に手すりを握りしめた。
「松永さん、端が空いたのでどうぞ。」
男性の声がした。
名前を呼ばれたということは僕を知っておられるということだった。
僕は感謝を伝え、ポケットからありがとうカードを取り出してそっと渡した。
「うれしいなぁ。これが噂のカードですね。」
男性は本当にうれしそうにおっしゃった。
僕は気恥ずかしさもあったが素直にうれしかった。
僕からの感謝の言葉のカードで喜んでくださる人がいる。
光栄なことだと思った。
そしてまた元気が出てきたのを感じていた。
思いを込めて伝えていく。
昨日の大学生、今日の高校生、
若者達が僕の年齢になる頃には僕はもうこの世にはいないだろう。
でも、未来に向かって蒔いた種はきっと芽を出してくれる。
そう信じてるからこうして頑張れるのだ。
いい年をしてと笑われるかもしれないがそれでも構わない。
まだまだ頑張る。
もっともっと頑張る。
そう自分に言い聞かせたら笑顔になった。
やっぱりやせ我慢なんかじゃないよ。
(2019年11月9日)

古い記事へ «