この一週間、多くの学生達に出会った。
介護福祉士の専門学校、視能訓練士の専門学校、歯科衛生士の専門学校、それに京都
教育大学と今日の大谷大学だった。
僕はいつも、そしてずっと、視覚障害の正しい理解を社会に伝えたいと思ってきた。
自分自身が失明した時、参加できる社会がとても限られていたからだ。
見える人も見えない人も見えにくい人も、皆が笑顔で参加できる社会が目標だ。
ライフワークと言ってもいいのかもしれない。
勿論、そんな簡単なことではないと分かっているつもりだ。
でもあきらめない。
あきらめるわけにはいかない。
そのための活動のひとつが学生達に出会うということだろう。
学生達はそれぞれの立場でこれからの時代に関わっていく。
未来につながっていくのだ。
「ありがとうございました。話を聞けてよかったです。」
教室を出ていく時の学生達の言葉を聞く度に活動の意味をかみしめる。
どの学校の学生達も同じようなメッセージを僕にくれる。
まだまだ頑張ろうと思う瞬間だ。
ただ、この活動のためにはその機会が必要だ。
僕だけではどうしようもない。
これまで出会った人達、特に教育関係者が力を貸してくださることが多い。
有難いことだと思う。
今日帰り着いてすぐにコーヒータイムにした。
大谷大学の先生がお土産に準備してくださったのは話題のクッキーだった。
モロゾフが限定販売していて、手に入れるのが結構大変というものだ。
デパートの開店に並んで買わなくちゃいけないらしい。
先生はいつも、コーヒー好きの僕に合うスイーツを探してくださる。
あちこちに垣間見えるやさしさがうれしい。
口の中で溶けていくクッキーを味わいながら、先生の言葉が蘇った。
「学生達に松永さんと会って欲しいと思っていたの。」
僕と先生がつながったのは、同じ未来を見つめる眼差しなのだと思う。
教育は未来につながっていくということを僕達は信じている。
(2025年5月27日)
クッキー
ランチ
友人達とランチに出かけた。
桂川駅からバスで15分、そこから歩いて10分、京都西山の麓にあるレストランだ。
最初にこのレストランと出会ったのはもう20年くらい前、京都らしさがしっとりと佇
む祇園宮川町だった。
阪急河原町駅から鴨川沿いに歩いて15分、ランチが2千円くらいだったと思う。
今で言うコスパが最高のフレンチの人気店だった。
そのお店が西山に引っ越しされて10年くらいにはなっただろうか。
シェフは食でもてなすという姿勢を極めていかれたのかもしれない。
1日にランチは5組、ディナーは2組、予約客だけということになった。
予約をとるのも難しい時もある。
今回のランチも数か月前に予約をとっていた。
古い農家をリノベーションした店内にはいくつかの部屋がある。
ひとつの部屋に一組の客だ。
その畳の和室にテーブルが置いてあり、落ち着いた空気が迎えてくれる。
見えない僕にはナイフやフォークと一緒にお箸が並ぶ。
前菜だけで3皿、それぞれがメインのような料理だ。
鯛のカルパッチョ、白子のプリンみたいなやつ、フォアグラのソテー、ソースもいろ
いろ説明をしてもらうがいつも記憶できない。
スープは水を一滴も使っていないトマトのスープ、これも絶品だった。
魚料理はスズキ、メインは鹿肉だった。
デザートにもシェフの腕が感じられた。
ここに来れば、料理そのものが芸術だと思う。
歓談しながらの2時間、胃袋と一緒に幸福感が膨らんでいく。
窓からは手入れされた庭に季節の花が見える。
穏やかな時間だ。
見えないはずなのに、見えないことを忘れている。
いや、見えないことはこの空間では問題ないのだろう。
ちらっとそんなことを思って、また幸せが味覚から溶け込んでいく。
店を出て歩きながら、ふと空を眺めた。
平和の中にいるということをしみじみと思った。
今歩いている僕の上に空がある。
この同じ空の下で戦争が行われている。
とにかく早く終わって欲しい。
人間の幸せはきっと平和の中にある。
(2025年5月21日)
全力
僕はいろいろな学校に関わっているが、その内容も関わる時間数も多種多様だ。
それぞれの教育機関の特性に合わせてということだと思う。
大阪の視能訓練士養成の専門学校では毎年3時限の講義と1時限の実習を担当してい
る。
学生達は短大卒業以上の資格が前提で入学し、1年間の専門的な教育を受ける。
座学だけでなく現場実習もあり、そして国家試験に挑むのだ。
1年間の学びの期間には夏休みも正月休みもほぼなく過酷な条件だ。
僕の講義も2時限ずつ2回、土曜日に実施されている。
自分自身の将来、夢に向かっての大きな1年だ。
教室に入ると、真剣な空気が充満している。
80近い視線が僕に集中する。
僕の方も気が引き締まる。
学生達は一年後、医療機関で視能訓練士として働いているのは間違いない。
医療はパーフェクトではない。
治らない病気もある。
どんどん視力が低下している患者さん、視野が狭くなってきている患者さん、きっと
出会うだろう。
失明を感じながら恐怖に怯えている患者さんとコミュニケーションをとらなければい
けない。
そこに求められるのは視覚障害の正しい理解と適切な支援だ。
その先にある笑顔はきっと患者さんに伝わる。
僕の経験や思いが学生達に伝われば、それは結果的に、未来の視覚障害者の力となれ
るかもしれない。
いや、ささやかでもそうなりたいと思っている。
無意識に全力で学生達と向かい合っている自分を感じる。
自分自身だけのためだったらこんなに頑張れないだろう。
人は大切な誰かのためだったら頑張れるということだろう。
(2025年5月18日)
レモンケーキ
4日間の広島県尾道市での研修を終えて帰宅したのは深夜だった。
荷物を片づけて、シャワーを浴びてすぐに寝た。
翌朝目が覚めてプランターを確認するために庭に出た。
記憶の方向にそっと歩いた。
足先がプランターに当たった。
僕はしゃがみ込んでそっと指先を出した。
プランターの土の上を指先が静かに動いた。
朝顔の茎らしきものを指先が見つけた。
僕はそっと指を上に動かして葉っぱを確認しようとした。
異変に気付いた。
もう一度ゆっくりと確認した。
葉っぱがない。
隣の茎も触ったが同じだった。
全滅だった。
尾道市に向かう朝、やっと芽を出した朝顔の葉っぱを確認していた。
双葉が開いていた。
帰り着いたらきっと本葉が出ているだろう。
ワクワクしながら触ったのだから、まさに愕然だった。
鳥が食べたのだろう。
まさかまさかの展開だった。
しばらく立ち尽くした。
部屋にもどっても気持ちの整理がなかなかつかなかった。
コーヒーを入れて、お土産に頂いたレモンケーキを食べた。
もみじ饅頭も頂いた。
やっと気持ちが落ち着いた。
受講してくださった人達を思い出した。
皆一生懸命に参加してくださっていた。
そんなことを考えていたら、ちょっと元気が出た。
また種を蒔こうと思った。
おいしいお土産、いろいろと効果があるものだ。
(2025年5月13日)
ツツジ
ゴールデンウィークに届いたメールの整理をした。
駅でサポートをしてくださった男性、
もう10年以上前に知り合った名古屋のガイドヘルパーさん、
大阪・関西万博で働いているスタッフの方、
今月に予定されている講演の関係者、
ロンドンの友人、
僕の授業を受けている学生、
知人の件で関わっているメディア関係者、
阪神タイガースファンの全盲の友人、
それ以外にもたくさんのメールが届いていた。
それぞれの文章に個性があった。
僕はRhineはできない。
携帯電話で会話するのはガラ携だし、スマホは便利なアプリを使う目的で持っている
だけだ。
携帯電話での文字入力はできない。
音声入力などで便利に使えると教えてもらったことはあるのだが、結局パソコンのキ
ーボードでの入力を選んだ。
きっと慣れているということの結果だろう。
それに既読とかがあまり好きになれない。
いつ読んでもらえるか分からない、いつ返事がくるか分からない、その感じも好きな
のだろう。
ワクワクしながらドキドキしながら待つ感覚が僕には合っているのかもしれない。
時代遅れなのは自覚しているし、これでいいと開き直っている。
そして個性のある文章を幾度も読み返したりする。
じんわりと心に染み込んでくる。
雨の中のツツジの花の表現があった。
白、紫に少し近いピンク、赤、想像しただけで笑顔になった。
今日から10日間ほどは休みのない日々が続く。
ひとつひとつの仕事、心をこめてやっていきたい。
(2025年5月7日)
貨物列車
昼下がりの駅のホーム、電車を待っていた。
僕が乗る予定の電車の到着までは少し時間があった。
ホームに待合室があるのは知っているが、一人の時は使用しない。
そこまで移動することもエネルギーがいるし、どこの座席が空いているかは分からな
い。
尋ねれば、きっと誰かが教えてくださるだろう。
そこまで考えると、立ったまま待っている方が気楽ということになる。
まさに見えない僕にとっては、動くことすべてがハードルとなるということなのだろ
う。
だからと言って、それを悲しいとか悔しいとかは思わない。
28年という時間はあきらめる力を育んでくれたのかもしれない。
「2番線を電車が通過します。点字ブロックの内側までお下がりください。」
放送が流れた。
僕はその位置に立っていたが、再度白杖で点字ブロックを確認してもう少しだけ内側
に移動した。
それから白杖を身体の前で地面につけ、グリップを持つ手に力を入れた。
通過する電車の音、風、雰囲気、やっぱり怖い。
通過する間は身体全体に力を入れて、電車の方向に吸い込まれないようにしている日
常がある。
緊張の時間なのだ。
やがて電車の音が聞こえてきた。
それはどんどん近づいてきて、僕の前を通過し始めた。
十数秒の緊張の時間が始まった。
あれっ、途中で気づいた。
時間がいつもより遥かに長いのだ。
貨物列車!
瞬間にうれしくなっていた。
怖い音を聞きながら、心は弾んでいた。
少年時代に見ていた記憶が蘇った。
僕の家は当時の国鉄の鹿児島本線の線路脇にあった。
しかも僕の家の方が電車、いや当時は汽車だったが、それより高い場所にあった。
汽車の全体を見渡せたのだ。
貨物列車は好きだった。
確か、石炭や郵便物、時には牛や馬まで運んでいたような気がする。
線路はずっと続いて鹿児島から北海道までつながっている。
この貨物列車は何をどこまで運んで行くのだろう。
そんなことを考えてわくわくした。
いつか行ってみたいなと思った。
その思いがまた今蘇ったのだ。
少年時代のおもちゃ箱から取り出した豊かな時間、色褪せることなく残っていた。
貨物列車が通過した後、目頭が少し熱くなっていた。
勿論怖さからではない。
幸せは思いもかけないところにあったりするものなのだ。
(2025年5月2日)
天気予報
最近の天気予報はよく当たる。
雨が降り出したり止んだりする時刻まで当てるのだから凄い。
でも当たり過ぎると、僕はなんとなく淋しい気もしている。
人間の力、科学の及ばない領域もあって欲しいような感じだ。
靴を空に向けて蹴り上げて雨占いをした少年時代が懐かしい。
今朝もちょっとドキドキしながら玄関のドアを開けた。
耳を澄ませて音を聞いた。
こういう瞬間は好きだ。
雨の音がした。
土砂降りではないけれど、ちゃんと降ってくれている。
僕はついガッツポーズをしてしまった。
数日前に夏野菜の苗を植えたのだ。
ミニトマト、キュウリ、ピーマン、ゴーヤなどだ。
植えてから毎日夕方に水をやった。
天気予報を聞いて昨日は水はやらなかった。
植えてから数日が経過したこのタイミングでのしっかりとした雨は最高だ。
苗達は大喜びしているだろう。
これから、草抜きをしたり肥料をやったりと、いろいろ世話に追われることになる。
農作業とまでは言えないが、この作業の時間は好きだ。
無心になっている。
無心になれる時間は人を幸せにしてくれるのかもしれない。
そしてそれは意外と少ない。
大切にしたいひとときだ。
(2025年4月24日)
チューリップ咲いた
どれくらい前だろう。
2週間くらい前だろうか。
プランターで育てたいくつかを触った。
葉っぱは大分大きくなっていた。
蕾にさえ気づかなかった。
仕事に出かける前の10分くらいの時間だった。
その時、頑張れよと声をかけたのを憶えている。
以前誰かに聞いたことがある。
植物は話しかけると伝わる。
「きれいな花を咲かせてね。」
「元気に育ってね。」
言葉にすることが大切らしい。
僕は犬、猫、小鳥、いろいろ飼ったことがある。
動物達もそうだった。
話しかけると伝わっていたような気がする。
僕がくじけていた時、犬は僕の顔を舐めてくれた。
猫は膝の上でくつろいでくれた。
僕がうれしい時、小鳥達は歌ってくれた。
人間以外の生き物は皆言葉が理解できて、
自分では一番能力が高いと思っている人間だけがそれができないとしたら面白い。
以外にそうなのかもしれない。
チューリップの大きな花を触った。
両手の指先でそっと触った。
赤いチューリップ、黄色いチューリップ、春によく似合う。
笑顔になった。
「ありがとう。」
僕はしっかりと伝えた。
(2025年4月18日)
英国パビリオン
大阪・関西万博がスタートした。
僕は英国パビリオンのコンサルタントとして少し準備に関わった。
英国在住の日本語通訳の専門家が僕を推薦してくださったのだ。
彼女は僕の著書を読んだ経験を持っておられて、僕を思い出してくださったのだ。
こういうことを奇跡と言うのだろう。
幸運の奇跡だったと思う。
ロンドンとのzoom会議は彼女が通訳をしてくださった。
やりとりしたメールは100通を超えた。
事前のやりとりだけではなく、夢洲の英国パビリオンに足を運んでの確認なども実施
した。
開会式前日にはスタッフ研修にも関わった。
英国のアクセシビリティアドバイザーのシェリーさんとは一緒に仕事をした。
彼女は会場内の僕の移動のサポートも問題なくやってくれた。
英国に全盲の友人がいるとのことだった。
彼女は日本に滞在している期間のオフの日に京都を訪れて迷子になって大変だったと
いう話をしてくれた。
日本での最後の仕事が終わったら、奈良を訪ねてから帰国の予定とのことだった。
「奈良公園にはたくさんの鹿がいて、目を合わすと噛まれるかもしれないよ。」
アクセシビリティについて本気で語り合ったし、そんな冗談も話した。
僕は彼女と別れた後、感謝のメールを送っておいた。
機械翻訳でなんとかなるのだ。
彼女から返信があった。
シェリーです。
日本滞在はこれで最後です。
信じられないかもしれませんが、最近の不運にも関わらず(!)、
奈良で野生の鹿から生き延びることができました。
鹿と目を合わせないようにし、他の観光客を巧みに自分と狂った獣の間に配置しまし
た。
最近の出来事にも関わらず、今回は駅員の助けも借りずに、問題なく奈良駅から脱出
することができました!!
ノブヤさん、メールを本当にありがとうございます。
今までに受け取った中で最も美しいメールだと思いますし、私にとってとても意味の
あるものです。
私たちは「すべての人にアクセシビリティを」という共通の目標を持つ似たような精
神を持っているように感じます。
一緒に仕事ができてとても嬉しく、貴方に会って話をすることができて光栄でした。
また EXPO に戻ってきたいです。
そうなったら必ず連絡します。
京都で一緒に時間を過ごせたら嬉しいです。
京都駅以外にも案内してもらえたらもっと嬉しいです!
連絡を取り合いましょう。
何らかの形で一緒に仕事ができて、世界中のアクセシビリティの取り組みを繋げて、
障壁をなくし、生活を変えられたら素晴らしいと思います。
心からお祈りしています
シェリーより
「いのち輝く未来社会のデザイン」。
大阪・関西万博のテーマだ。
世界中のいのちが大切にされる地球であって欲しい。
いのちが大切にされるということは、自分自身も他の人も、同じように大切にされる
ということだ。
「ともに未来をつくろう」
英国パビリオンのテーマだ。
目を見開いて、未来を見つめよう。
小さな僕にできる小さなこと、しっかりとやっていこう。
世界中の人が小さなことをしっかりやっていけば、それはいつか大きな力となる。
(2025年4月14日)
仕事
時々忙しいことがある。
フリーターの僕のスケジュールは年によって月によって変わる。
年間を通した仕事はほとんどない。
昨年度までの10数年は龍谷大学の非常勤講師の仕事があったが、これは昨年度で契約
が終了した。
今年度からは前期だけとか後期だけ、あるいは年に10回程度、年に3日間だけ、ある
いは一日だけという仕事ということになる。
それでもスケジュールはほとんど埋まってしまうのだから有難いことだ。
見えなくなった頃、僕には何も仕事がなかった。
仕事を求めていろいろ努力もしたが何もなかった。
その時仕事の意味を知った。
つい収入を考えがちだが、仕事の一番の意味は社会とつながるということなのだ。
人間は社会的動物と倫理社会の授業で習った記憶があるが、その通りだと思う。
今年度のスタートは時間に追われる大きな仕事で大変だった。
たまたまのご縁でつながった仕事だったが、とてもやりがいのある仕事だった。
時間に追われる内容の仕事だったので、3日から6日までは3泊4日で大阪のホテル
で過ごした。
準備して頂いた部屋は51階建てのホテルの49階のデラックスルームだった。
室料がいくらくらいなのかは分からないが、自分で泊まることはないだろう。
仕事をして社会と関わるということは、こうして時々、思いもかけぬ幸運もある。
今回の仕事を紹介してくださったのはロンドン在住の知り合いだった。
人間同士の縁、絆、不思議なものだ。
とにかく、幸運の年度始め、いいスタートとなったような気がする。
今日は午前中が専門学校の入学式と講師会、午後が高校の講師会だ。
今年度も関わることができる仕事、感謝しながら精一杯頑張りたい。
(2025年4月9日)