夏至

朝の散歩をしながらちょっとうれしかった。
出かける前のニュースで夏至と知ったからだ。
昼が長いということはたくさんの光の中にいるということだ。
僕の目の前は昼も夜も変化はない。
目で光を確認することはない。
でも時々、顔に当たる日差しでお日様を感じることはある。
お日様を感じるといつもなんとなくうれしくなる。
お日様が好きなのかなぁ。
子供の頃、影踏みをして遊んだ。
もう幻に近い記憶だ。
人間は一晩眠ると昨日の記憶の70パーセントを失うと友人が教えてくれた。
残りの記憶も時間と共に少しずつ消えていくのだろう。
最後に残る記憶は何なのだろう。
笑顔になれる思い出が残ればいいな。
影踏み、ずっと憶えていたいな。
(2020年6月21日)

胸ポケット

3月の中頃だったと思う。
僕の胸ポケットから「ありがとうカード」が消えた。
サポートしてくださった人に感謝を伝えたい気持ちは変わらない。
でも、手渡しでカードを渡すのは失礼になるかもしれないと思い始めたのだ。
サポートを受けること自体がソーシャルディスタンスを守れない。
手から手にカードを渡すのはもっと危ないことになるのかもしれない。
実際、サポートの声は街中から少なくなった。
僕だけが感じているのではなくて、障害者の仲間も同じ感想を持っていた。
社会が冷たくなったのではない。
お互いに遠慮をしているのだろう。
まだ点字ブロックの状況が把握できていない烏丸駅で迷ってしまった。
「一緒に行きましょう。どこまでですか?」
中年男性は普通に声をかけてくださった。
僕は桂まで、彼は大阪までだった。
僕は彼の肘を持たせてもらって一緒に改札を入り、一緒に電車に乗った。
わずかな乗車時間に僕達はいくつかの会話を交わした。
何気ない会話だった。
桂に電車が到着して、彼は僕の降車を手伝ってくださった。
「ありがとうございました。」
「気をつけて。」
それだけの人生の交差だった。
たったそれだけの豊かな交差だった。
僕は胸ポケットにカードを入れていなかったことを悔やんだ。
きっと、以前みたいに簡単には渡せないだろう。
でも、タイミングが合った時はやはり渡したいと思った。
しっかりと感謝を伝えたいと思った。
サポートを受けられなくなった社会になれば僕達は生きていくことが大変になる。
だからこそ、伝えなければいけないこともあるのかもしれない。
また明日からとりあえずカードを胸ポケットに入れて外出しよう。
(2020年6月19日)

カエル

カエルの鳴き声に足が止まる。
美しいハーモニーではないのだけれど何故か心が落ち着く。
雨に濡れた緑色が頭の中に広がる。
つかの間の想像は僕をアジサイの花畑にまで招待してくれる。
ピンクの花弁よりもブルーの花弁が好きなことに気づく。
目を凝らせばカタツムリが乗っかっている。
雨上がりの空の下、もう60年以上も生きてきたのだと改めて思う。
頑張って走ってきたつもりだったけれど、カタツムリくらいだったのかもしれない。
カエルみたいに鳴いてきたのかな。
季節はその時々の色合いで包んでくれていたことに気づく。
うれしくなる。
ほっとする。
そっとマスクをずらして深呼吸する。
(2020年6月15日)

ウグイス君

ウグイス君の鳴き声に気づいたのは冬が終わろうとしている頃だったと思う。
散歩コースの川べりの草むらだった。
春告げ鳥だなと思った記憶がある。
その近くを通ると鳴き声で足が止まった。
最初はホーホケキョには程遠い鳴き方だった。
ケキョケキョみたいな感じだった。
「頑張れ、頑張れ!」
僕は幾度か声をかけた。
ウグイス君はなかなか上手にはならなかった。
優等生ではなかった。
散歩の途中でいつも観察していた。
「ちょっとだけうまくなったよ。」
僕はそれも伝えた。
人間は他の動物の言葉をわからない。
でも、動物たちは人間の言葉を理解しているのかもしれない。
子供の頃から時々そんなことを感じることがあった。
証拠は何もないんだけど、今でもどこかでそう思っている。
だから僕は声に出して言うことが多いのだろう。
今朝、初めて「ホーホケキョ」が聞こえた。
幾度も聞こえた鳴き声の中の一回だけだった。
しばらく聞いていたが、他はホーホケケキョケキョなどだった。
声もだいぶ大きくなっていた。
少し自信がでてきたのかな。
実力が伴っていないのに、えっへんと鳴いているのを愛おしく思った。
自分自身を重ねていたのかもしれない。
10回の失敗を忘れて一回の成功だけをうれしそうに憶えている。
ウグイス君と親友になった気がした。
(2020年6月10日)

躊躇

二か月ほど巣ごもり状態だった。
専門学校での仕事が6月から始まったので以前と同じような感じで学校へ向かった。
久しぶりの通勤だった。
頭の中の地図を辿りながら慎重に歩いた。
ポイントは白杖で確かめつつ音もしっかりと聞くように心がけた。
鈍っていた感覚を少しずつ取り戻すような作業だった。
阪急烏丸駅の西改札を出ようとして迷ってしまった。
点字ブロックの場所が変わってしまっていたのだ。
駅員さんに尋ねようとしたが、その場所さえ分からなくなっていた。
足音に声をかけようとしたが、躊躇してしまう僕がいた。
数か月前にはなかったことだ。
ソーシャルディスタンスとか3密とかの言葉が脳裏をよぎった。
いくつか足音が通り過ぎたが、サポート依頼をする勇気が出なかった。
僕は自分の勘を頼りに少しずつ動いた。
やがて、右側で券売機の音がした。
券売機を背にしてまっすぐ行けば階段がある筈だ。
成功した。
ほっとした。
点字ブロックの場所が少しずれただけ、きっと見える人には問題ないだろう。
点字ブロックの方向や分岐点の位置を地図として使う僕にとっては大問題だ。
それにしても、このウィズコロナの社会に僕達はどう関わっていけばいいのだろう。
一定の距離を保ってのサポートは難しいだろう。
今まで通りに社会に参加したいし、
勿論、他の人に迷惑もかけたくない。
しばらくは悩める日々になりそうだ。
(2020年6月6日)

新仕事始め

4月は仕事らしきものはまったくなかった。
5月は高校のテレワークが週に一回あるだけだった。
6月が始まって社会が少し動き出した。
久しぶりに仕事で外出をした。
毎年声をかけてくださっている盲ろう者通訳介助員の養成講座の仕事だった。
方法は例年と違った。
受講生の三密を避けるために一部の講義はビデオ撮影で対応するとのことだった。
だから会場は録画や録音の機器が準備してあるスタジオだった。
僕の方は見えないのだから、前に受講生がいるかいないかはあまり関係ない。
ほとんどいつものように実施できた。
主催者の聴覚言語センターの職員の方々のサポートも適格だった。
終わってから職員の方々と意見交換した。
聴覚障害の職員の方もおられたが、手話通訳者のお陰でコミュニケーションに問題は
なかった。
目と耳と障害は違うけど、うなずく部分が多くあったとおっしゃった。
小学校などで子供達にしっかりと伝えていくことの大切さでも思いが重なった。
お互いに頑張ろうとエールを交換した。
コロナの時代での仕事始め、仕事の意味を考え直すいい時間となった。
変化していく流れの中で変化してはいけないものの大切さを考えた。
社会の中で呼吸している自分を感じた。
また頑張ろうと思った。
(2020年6月2日)

Zoom会議

とうとう僕もZoom会議にデビューした。
地域の視覚障害者協会理事会が在宅でのZoom会議となったのだ。
参加理事9名のうち6名は全盲だ。
会長は自分自身も全盲だがパソコンやスマートフォンなどへの知識は長けている。
その会長がそれぞれ事前訓練をしてくれたお陰で開催できたのだ。
全盲の場合は元々お互いの顔は見えていないせいか違和感はほとんどなかった。
ただ、後で気づいた。
音声だけの会議と映像付きの会議とあるのだが、普通に映像付きで実施していた。
何故だろう。
見える人がやっているようにやったということなのかな。
映像はお互いに確認できない。
ひょっとしたら、顔の一部しか映っていない人もいたかもしれない。
僕ははげたおでこだけが映っていたのかもしれない。
今更だけど、ちゃんと髪もセットして服も整えておけばよかったと後悔している。
もう終わったことだから、今回はこれでよかったことにしよう。
見えている人とのZoom会議に参加するときは気をつけなければと思った。
見えているって結構面倒くさいなあ。
(2020年5月27日)

Be My eyes、その後

懐かしい人からのメールが増えた。
ホームページのお問合せフォームからのメッセージも増えた。
これは以前は講演依頼がほとんどだったが、すっかり様変わりした。
自宅で過ごす人達がそれぞれの思いを持って生きておられるということだろう。
いろいろな地域でいろいろな人達がこのホームページを覗いてくださっているのを再
確認している。
有難いことだ。
先日の「Be My eyes」への反応も多く寄せられた。
実際にパソコンの画面の説明をしながら買い物を手伝ったとか、
洋服とピアスの色合いを見てあげたとかの報告もあった。
小学生からも届いた。
アプリをインストールしてからスマホが鳴るのをワクワクしながら待っているという
のもあった。
どのメールにも共通していたのは喜びだった。
自分が誰かの役に立つということを心から喜んでいる姿があった。
それを読んだ僕もまたうれしくなった。
愛は人間の本能の中にあるのかもしれない。
ゾウさんよりも小さくてライオンよりも弱い人間が文明を築いてこられたのは、
この本能の部分にあるような気がしている。
目に見えないものと僕達は今向かい合っている。
社会はどう変化していくのだろう。
自分自身の本能を見つめなおしていきたい。
(2020年5月22日)

アスパラ

北海道の友人からアスパラが届いた。
2Lサイズの立派なものだ。
この辺りのスーパーでは見かけたことのない太さだ。
茹でてから、ちょっとだけマヨネーズをつけて頂いた。
甘さが口中に広がった。
それだけで満足した。
有人はビールが進むと表現していたが、下戸の僕にも分かるような気がした。
北海道の豊かな大地を想像した。
北海道には幾度か行ったことがある。
思い出は宝物になっている。
こういう時代になって、幸せの意味を考える時間が多くなった。
簡単に答えは出ないことも知っているけど、
思い出が輝くというのは素晴らしいことだと思う。
思い出になってくれた時間にありがとうを伝えたい。
先日は高校の同級生からお米が届いた。
もう10年以上会っていなかったし、賀状のやりとりさえも不確かなものだった。
彼女もきっといろいろ考える時間が増えたということだろう。
高校時代の思い出が輝いてくれているということなのかもしれない。
お米と一緒に届いたメッセージには、
「陣中見舞い、腹が減っては戦もできぬ」と書いてあった。
今、それぞれの人がそれぞれの人生を見つめなおしているのかもしれない。
その先にはきっと、過去よりも豊かになった未来があるはずだ。
いや、そうありたい。
(2020年5月18日)

三文の徳

久しぶりの仕事、ちょっと早起きもして準備万端で出かけた。
いつものように、健康のためにバス停二つ分は歩いた。
バス停が近くなったところで、ずれさがってきたサングラスを上にあげようとした。
驚いた。
サングラスがなかった。
かけるのを忘れて家に置いたまま出かけてきてしまったのだ。
マスクのゴムが耳に当たる感覚をサングラスと勘違いしてしまったのだ。
残念ながら初めてではない。
マスクをするようになってからもう3回目だ。
情けなくなってきた。
学習能力が低下しているのだろう。
そのうち口元にサングラスをして目にマスクをして歩いているかもしれない。
もし見つけた方、そっと教えてくださいね。
ささやかなプライドを傷つけないようにお願いしますね。
ちなみに、今日はそれから引き返していつものサングラスをかけた。
目にサングラス、口元にマスクがあることを手で触ってしっかり確認した。
近くのバス停からバスに乗車した。
仕事はギリギリセーフで間に合った。
早起きしてたから間に合ったのだ。
これって早起きは三文の徳になるのかな。
(2020年5月14日)