大阪の府立高校に関わるようになって17年になる。
特別非常勤講師という立場だ。
家庭科の科目で福祉をテーマに学習を受け持っている。
1年に10日くらいの短い学習期間だが高校生達はどんどん吸収してくれる。
スポンジに水が染み込むみたいにという感じかもしれない。
最初の授業の時は遠くから僕を見ていたのだと思う。
僕が問いかけてもほとんど声は聞こえなかった。
教室の中には奇妙な緊張感が漂っていた。
それはそうだろう。
初めて出会う見えない人なのだ。
それが回を重ねる度に声が聞こえるようになっていった。
若い力は行動力にもつながっていったようだった。
駅で見かけた白杖の人に声をかけることができた。
幾人もの生徒がうれしそうに話してくれた。
ガイドヘルパーの資格をとった生徒もいた。
点字の手紙には僕への感謝の言葉が並んでいた。
高校生達の人生そのものが少し豊かになったことを意味していた。
最後の授業の日、生徒達はサプライズを準備してくれていた。
少し授業を早めに切り上げると生徒達は僕の前に並んだ。
受講しているのはほとんどが女の子だ。
お茶目な女の子は僕の正面の場所を確保したようだった。
「ありがとう”って伝えたくて あなたを見つめるけど
繋がれた右手は 誰よりも優しく ほら この声を受けとめている」
女子高生達の柔らかな歌声が僕に向けられた。
歌声はどんどん大きくなっていった。
教室の中をこだました。
いきものがかりの「ありがとう」という曲らしかった。
最後に幾つかの手は僕と握手した。
お茶目な女の子は代表で僕とハグした。
僕にはもう大昔のこととなってしまった若いエネルギー、キラキラと輝くのを見た。
確かに僕は見た。
彼女達に心からのありがとうを伝えて最後の授業を終えた。
(2025年1月12日)