68歳

僕の心臓が動き出して24836日が経過したらしい。
まさに、雨の日も風の日も、楽しい時間も悲しい時間もずっと動き続けてきたのだ。
朝も昼も夜も、寝ている間も動き続けてきたのだ。
子供の頃根気のない少年だった。
大人になっても努力や継続は苦手だった。
そんな僕なのに、心臓は頑張ってきたのだ。
そう思うと自分の心臓をなんとなく愛おしく感じた。
68歳のお誕生日、お祝い袋に入った1万円が届いた。
3万5千日以上動き続けている心臓を持っている母からだった。
お誕生日の前、何か届けたいと母は電話口で幾度も言った。
僕は何も要らないと言い続けた。
この年齢になって、98歳の母からもらうことに気が引けた。
生きていてくれることだけで幸せだと言いたかったが口にはできなかった。
結局、母はお金を送るという方法を選んだらしかった。
封筒を持って、僕は愕然とした。
「おめでとう」
5文字のひらがなを母が自署してくれていた。
涙が止まらなかった。
僕は悪いことはしていない。
でも、読めない自分が許せなかった。
「母ちゃん、ごめんな。」
僕は幾度も幾度もつぶやいた。
涙はずっと滴り落ちた。
何故かと問われても分からない。
分かろうとする気もない。
68歳、頑張って生きていかなくちゃ。
(2025年1月7日)