新しい白杖

真新しい白杖で散歩してみた。
新年度の明日からデビューする白杖だ。
重さはこれまでで一番軽いし、グリップも細目だ。
使い心地がどうなのかの予行演習で歩いてみた。
白杖の先の樹脂の部分がまだ馴染んでいないので路面のあちこちにひっかかる。
握った感じも左右に振った感じも少し物足りない。
軽いせいなのかもしれない。
歩きながら、きっと日に日に慣れていくのかな。
期待の気持ちに少しの心配も重なる。
コロナ禍の社会はまだまだ続くのだろう。
すべての人がマスクを装着して歩いている社会、画像を想像するのは僕には困難だ。
見たことがないということからくる困難さなのだろう。
ただ、映画の世界でもなくSFでもなく、現実がそこにあるのだ。
見えない僕はどう向かい合い、どう生きていけばいいのだろうか。
朧げな不安はある。
未来を見つめて一歩ずつというのはきっと変わらないことなのだろう。
変わらないことであって欲しい。
新しい白杖のグリップを強く握ってみる。
白色がキラキラと輝いている。
新年度もまた頑張っていこうと素直に思う。
(2021年3月31日)

赤いハートのシール

先輩はいつも決まったガイドさんと通院しておられる。
そのガイドさんと出会ってもう6年になるそうだ。
先輩は弱視で僕よりお姉さんだ。
一人暮らしで頑張っておられる。
気丈に振舞っておられるがいろいろと不安もあるのだと思う。
ある時、通院の時にガイドさんは残りの薬の数が合わないことに気がついた。
「お薬は忘れたらだめですよ。」
ガイドさんはシールを買ってきて先輩の部屋のカレンダーに貼った。
ハートの形の赤いシールだ。
先輩の目でも確認できるシールだ。
「お薬を忘れるとガイドさんに怒られるの。」
先輩はうれしそうにつぶやかれた。
その話を聞いて無関係の僕もとてもうれしくなった。
「赤いハートのシール、喜んでおられましたよ。」
僕はそのガイドさんにそっと伝えた。
ガイドさんは先輩の人柄がそうさせたのだとのことだった。
先輩とガイドさん、家族でもないし幼馴染でもない。
福祉サービスをする人と受ける人という関係だ。
仕事上の関係だ。
それでも人間同士はやさしさを分かち合えるのだ。
寄り添うってことなのだろう。
人間って本当に素晴らしい。
(2021年3月27日)

幸せな朝

先輩から頂いたコーヒーカップでモーニングコーヒーを飲む。
ウェッジウッドのカップの大きさも手に馴染む感じもいい。
先輩が選んでくださったということがうれしいのかもしれない。
コーヒーはいつものイノダのコーヒーだ。
インスタントコーヒーなのだが一杯分の個包装になっている。
ティファールでお湯を沸かして自分で入れられる。
飽きがこないということは好みに合っているということなのだろう。
ドトールやスターバックスなども試したが結局イノダになっている。
オリジナルブレンドとキリマンジャロブレンドを交互に飲んでいる。
ブルーマウンテンブレンドもあるがオリジナルブレンドの倍以上の価格なので滅多に
買わない。
価格も満足度に関係してしまうということは基本的にケチな性格なのだろう。
日曜日の朝はこのコーヒータイムをクラッシック音楽が包んでくれる。
歌声のない音がいい。
いろいろな楽器の織りなす音に心がくつろいでいる。
新しい一週間が始まるということを自然に感謝している僕がいる。
若い頃にはなかった感覚だ。
コーヒーカップを持った時の餅ての感じ、コーヒーの味と香り、そして音楽。
触覚と味覚と嗅覚と聴覚、ここに視覚はない。
ひょっとしたら、視覚がないということが時を高品質にしているのかもしれない。
なんて、負け惜しみかな。
こっそり笑いながら最後の一口を飲み干す。
幸せな朝。
(2021年3月22日)

点字ブロックの日

1967(昭和42)年3月18日、日本で初めての点字ブロックが岡山県で敷設された。
岡山県立岡山盲学校(当時)の生徒が登下校の際、利用していた旧国道2号線の横断
歩道に230枚の点字ブロックが敷設されたのだ。
「視覚障害者の人間としての自立のために」という夢に向かった人達が私費を当時て
のことだった。
最初に関わった人の動機は白杖の人の直前をトラックが橋っていった光景だったらし
い。
白杖の人が安全に歩ける社会がその人の自立につながっていくはずだ。
夢に向かう力は受け継がれ、広まり、大きな力となっていったのだ。
そして、僕は毎日それを利用している。
毎日、その恩恵に授かっている。
白杖の先で、足の裏で、点字ブロックを確認する。
横断歩道、バス停、駅のホーム、階段、そのすべてが安心につながる。
感謝という言葉だけでは伝えきれない思いがある。
人間同士、人が人を思いやるということは素晴らしいことなのだろう。
社会が成熟していくというのはそういうことなのかもしれない。
点字ブロックは海を越えて、現在75の国や地域で使われているらしい。
海外の視覚障害者が笑顔になったのかもしれないと想像すると、それだけで僕もうれ
しくなる。
(2021年3月18日)

桜待つ思い

見える頃によく歩いていた道をたまたま歩いた。
歩道橋の下り坂にさしかかった。
ふと、思いでの中の桜に気づいた。
見える頃はそこで毎年見ていた。
当たり前の春の風物詩だった。
その道で桜を見ていたのは20歳過ぎの頃から40歳手前までの20年くらいだ。
そして見えなくなって25年くらいの時が流れた。
もう遥かな昔のことだ。
それなのに満開の桜が蘇る。
真っ青な空の下の薄桃色の桜、本当に美しい。
僕にとっての見るは触るということに変わった。
それは淋しい変化でもなく悲しい変化でもなく、豊かな変化なのだと思う。
指先で感じる桜の花弁を愛おしいと思う。
愛おしいと想える自分自身も愛おしい。
桜を見たいと思うのは春を感じたいという願いなのだろう。
自然に沸き起こる思いは変わらないということだ。
今年はどこでどんな桜に出会うのだろう。
楽しみだ。
(2021年3月16日)

黙祷

今日は出かける用事はなかった。
自分の部屋で音楽を聞きながらパソコンに向かっていた。
14時40分を知らせるアラームが鳴り響いた。
今朝セットしたものだった。
僕はグーグルホームにNHKラジオ放送の受信を指示しながら立ち上がった。
北の方向に向き直ってから気を付けをした。
そしてラジオから流れた時報に合わせて黙祷した。
その日、その時、僕はライトハウスの喫茶室にいたことを思い出した。
コーヒーを飲みながら休憩していた。
お気に入りの携帯ラジオのイヤホンを耳に入れていた。
突然、地震のニュースが飛び込んできた。
尋常ではないことが最初の報道から感じられた。
それでも、その後の津波や原発事故までの想像力はひとかけらも僕にはなかった。
たった一分間の黙祷の間に津波が襲ってくる映像が脳裏に浮かんだ。
見てはいない筈なのに浮かんだ。
そして亡くなられた方々のご冥福を心から祈った。
次の10年間をどう生きていくのか、それはきっと僕にも課せられた命題なのだろう。
黙祷が終わって目を開けた。
「今日はきっと一日中、雲一つない青空でしょう。」
今朝の天気予報を思い出した。
ほんの少し、救われたような気がした。
与えられた命をしっかりと生きていこうと思った。
(2021年3月11日)

予感

「沈丁花が咲いていますよ。」
一緒に歩いていたボランティアさんが突然声を出された。
僕が香りに気づくのと同時だった。
僕達は立ち止った。
香りに吸い寄せられるように沈丁花に近づいた。
ボランティアさんは僕の指先を小さな花に誘導してくださった。
僕は小さな花をそっと触った。
それから、葉っぱと木の幹を触った。
そしてまた、花に顔を近づけて香りに埋もれた。
幸せに埋もれた。
「蝋梅、モクレン、沈丁花、春の香りですね。」
ボランティアさんの声が弾んだ。
モクレンの香りなど知らなかった僕は、その話だけでもうれしくなった。
ささやかな単純な喜び、不思議だけどそんなことがアルバムの中では色あせない。
いくつもの季節が通り過ぎても、
沈丁花の香りに出会ったらこの道を思い出すのだろう。
そんな予感がしてうれしさは膨らんだ。
(2021年3月10日)

フキ味噌

教え子の学生と久しぶりに会った。
彼女は別れ際に瓶をくれた。
手のひらにすっぽり入るくらいの小さな瓶だった。
「少しだけですが、私の手作りです。」
瓶の中身はフキ味噌だった。
帰宅した僕は早速夕食に頂いた。
瓶の中から小さな小さな塊をお箸で掴んでそっと口に入れた。
何とも言えない苦みがゆっくりと口の中に広がった。
苦みはやがて僕の脳まで届いた。
幸せのお薬のような気がした。
年齢を重ねながら味覚も成熟していくのだろう。
いつの頃からか苦みと言う味をうれしく感じるようになった。
人生の苦さを知ってきたからだろうか。
この春卒業する彼女は福祉の現場に就職する。
おじいちゃんやおばあちゃんの介護の仕事だ。
大変な仕事だ。
頑張って欲しいと心から思う。
出会った学生達の春が輝いてくれますようにと心から願う。
(2021年3月4日)

消防学校

「敬礼!」
係りの人の号令の後、一瞬の静寂が流れた。
卒業を目前にした消防学校の若い消防士達へ向けての講演だった。
時々その場所特有の挨拶の方法や雰囲気がある。
警察学校や消防学校は敬礼で始まり敬礼で終わる。
僧侶の皆様の勉強会にお招き頂いた時は読経の中を講師席まで案内して頂いた。
お香の香りの中の厳粛な空気は身が引き締まるような感じだった。
教会での講演は讃美歌が流れパイプオルガンの音色が聞こえたりもした。
振り返ればいろいろな場所に出かけたなと思う。
いろいろな場所でいろいろな立場の皆様に話を聞いてもらったが、
結局僕は人間に向かって話をさせてもらっているのだろう。
この社会で一緒に生きていく人間ということなのだ。
消防学校では講演の後、視覚障害者のサポート体験の実習もしてもらった。
二人一組で廊下を歩いたり、椅子への誘導をしたりした。
僕も何名かの人に体験をしてもらったが、見な鍛えられた肉体なのに驚いた。
最後に質問が出た。
「万が一、火事の現場で視覚障害者の人を救助する際、抱えても大丈夫ですか?」
そこにはこれから現場に配属されて消防士として働き始める人達の心があった。
正義感、勇気、輝いていた。
もう10年以上前に始めて消防学校にお招き頂いた時に、校内を案内して頂いたことが
ある。
一角に殉職者の霊をおまつりしている場所があった。
危険と隣り合わせて仕事をしておられるのを実感した。
社会はいろいろな人達のお陰で成り立っている。
学校を後にしながら、あらためていろいろな人達に支えられての日常を意識した。
そして、心から感謝した。
(2021年2月28日)

えみちゃん

僕が彼女と始めて出会ったのは見えなくなってからだった。
たまたま視覚障害者関係のイベントで出会った。
僕の講演を聞きにお母さんと一緒に参加してくれていたのだ。
口数の少ない彼女の笑顔が印象的だった。
あれから、もう10年以上の付き合いとなった。
昨夜の夢に彼女が登場した。
数日前に電話で話をしたせいかもしれない。
夢の中では何の違和感もなく僕達は話をしていた。
目が覚めて気づいた。
僕は彼女の顔を見たことはないのだ。
それでも夢の中では彼女の笑顔があった。
どういうことなのだろう。
不思議な感じがした。
彼女の雰囲気、やさしい語り口、控え目な笑い声、
それが朧げな顔の映像につながっているのかもしれない。
朧げだから思い出せるような記憶には残っていない。
でも確かに普通に笑顔があったのだ。
そして納得した。
うれしいから思い出せるのだ。
思い出すということが幸せなことなのかもしれない。
それはきっと見えるか見えないかなんて関係はないことなのだろう。
(2021年2月24日)