雨の日

どしゃぶりの雨だった。
右手に白杖を持ち左手で傘をさして、
横断歩道の点字ブロックの上に立って信号待ちをしていた。
雨の日は聞こえにくい車のエンジン音を聞くことに集中していた。
エンジン音が止まったタイミングで、
周囲の安全を確認しながらまっすぐに渡らなければいけない。
結構難しい作業だ。
躊躇したら危険なので自信がない時は無理に動かないことにしている。
動かないことも技術のひとつだと思っている。
今日もきっと青があったのだろうけど自信がなかったので動かなかった。
いや動けなかった。
ちょっとの時間も流れていたのだろう。
後からきた人がいつの間にか隣に並ばれたのにも気づかなかった。
「今黄色から赤に変わったばかりですからまだですよ。」
年配の男性の声だった。
僕はありがとうございますと返事をした。
しばらくして、
「はい、青になりました。右も左も大丈夫です。」
男性はそう言いながら渡り始められた。
僕もその後ろについて渡り始めた。
「渡り終りましたよ。」
男性はそう言うと右に歩いて行かれた。
「ありがとうございました。助かりました。」
僕はそう言って左へ曲がった。
交わした会話はただそれだけだった。
どこの誰なのかも判らない。
明日すれ違っても会釈もできない。
でもこういう日々の出会いに僕の暮らしが支えられているのだ。
ひょっとしたら命を助けてもらっているのかもしれない。
そして左に曲がって歩き始めた時、
僕の心は確かに幸せを感じていた。
人間っていいなぁ。
(2016年6月27日)