鹿児島県警察学校

「敬礼!」
クラス委員の号令で警察学校での講演は始まった。
独特の緊張した空気が流れていた。
僕はいつものように話し始めた。
いろいろな会場で講演をしていろいろな立場の人達に話を聞いてもらう。
小学生からシニアまでまさに老若男女、
聞いてくださる数も10人くらいの小規模から1,000人を超える時までいろいろだ。
基本的に話の内容は変わらない。
人数によってホワイトボードやマイクを使用するかなどが変わるくらいだ。
僕の目の前はグレー一色状態で画像はないのだから、
聞いてくださる人達の顔も姿も見えない。
いつも前を向いて思いを込めて話をするだけということになる。
ただこの前を向くということも難しい。
何かの拍子に僕自身の身体の向きが変わってしまうのだ。
ホワイトボードまで動いて元の場所に帰るのもそう簡単なことではない。
演台やマイクを触ることで方向を確認している。
見えない人間だから少々違う方向を観ていても愛嬌かなとも思ったりもしている。
大切なことはたった一度のチャンスにどれだけ伝えられるかということだ。
つい必死になっている僕がいる。
「困っている白杖の人に制服姿の警察官が声をかけてサポートしてくださる。
その光景を通学途中の子供が見ている。」
僕は希望を語って講演を終えた。
学生達の大きな拍手が共有した時間の豊かさを教えてくれていた。
挨拶をすませて校長室を出たら女子学生が待っていてくれた。
講演中にサポートのデモンストレーションを手伝ってくれた学生だった。
僕はしっかりと握手をした。
「素敵な警察官になってくださいね。」
彼女は僕の目を見つめてしっかりと返事をしてくれた。
鬼瓦のような顔の校長先生が横で微笑んでいた。
現場で長年仕事をしてきた先輩の笑顔だった。
こうやってバトンが引き継がれて未来に向かっていくのだろう。
お招きくださったことに深く感謝しながら空港へ向かった。
(2018年8月12日)