デクノボートヨバレ

十人以上の人とはすれ違った。
十人以上の人に追い越された。
僕は慣れない駅の階段を下りていった。
「お手伝いします。」
階段を下りたところで若い男性が声をかけてくれた。
僕は四条駅方面の乗り場を尋ねた。
彼の答えは「ありがとうございます。」から始まった。
その次に自分のフルネームを僕に教え、そして四条方面の乗り場を説明してくれた。
少し変わった人なのかなとだけ思った。
同じ方向に行くという彼と一緒に電車に乗った。
彼は空いている席を見つけて僕を案内した。
ただ、僕にどう説明するかは戸惑っていた。
僕は白杖を使って前方の空席を確認して自力で座った。
他にも空いている雰囲気の車内だったが彼はずっと僕の前に立っていた。
僕の近くにいることが大切だと感じているようだった。
電車が四条駅に着いた。
「着きました。」
彼はそれだけを僕に伝えた。
僕は彼と一緒に改札口へ向かった。
彼は途中の階段を伝えるようなことはできなかった。
僕は白杖を駆使しながら歩いた。
「学生さんですか?」
僕は尋ねてみた。
「はい。障害者職業訓練学校です。」
なんの勉強をしているのかとの問いには、様々な作業の内容が出てきた。
彼が知的障害であることが理解できた。
改札口を出たところで僕は彼に感謝を伝えた。
「貴方のお陰で無事着きました。助かりました。
友達とここで待ち合わせているから後は大丈夫です。
ありがとうございました。」
彼はしばらく言葉を探していたようだった。
「うれしいです。失礼します。ありがとうございます。」
彼はやっと見つけた言葉を僕に伝え深々と頭を下げた。
助けてくれた彼が助けられた僕に頭を下げていた。
それに気づいた瞬間、目頭が熱くなった。
僕はもう一度感謝を伝え、
彼よりも深く頭を下げた。
やがて彼は人波に消えていった。
僕は友達がくるまでの時間をそこで過ごした。
白杖を持って立ちすくんでいた。
また何十人、いや何百人もの人達が僕の横を通り過ぎていった。
声をかけてくれる人はいなかった。
ふと宮沢賢治の「雨ニモ負ケズ」の一節を思い出した。
「ミンナニデクノボートヨバレ
ホメラレモセズ
クニモサレズ
サウイフモノニ
ワタシハナリタイ」
知的障害になりたいと思ったのではない。
彼みたいな人間になりたいと思ったのだ。
(2018年10月11日)