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歩く

ゆるやかな下り坂を歩き始める。
しばらく歩くと横断歩道がある。
信号機が設置されているが音は出ない。
車のエンジン音に集中して青になったタイミングを確認する。
そこから先はもう横断歩道はない。
行き交う自転車だけに気をつけて歩けばいい。
白杖の振り幅が大きくなり過ぎないようにしながら歩く。
やがてせせらぎの音が聞こえてくる。
小川にかかる橋の上だ。
水の音の清らかさにいつも心が和む。
それからしばらく歩くと点字ブロックが現れる。
バス停を知らせる点字ブロックだ。
行程のおおよそ半分を歩いたことになる。
さらに緩やかな下り坂が続く。
道を隔てた病院の入り口の誘導鈴の音が聞こえてきたらもう少しだ。
その先に鉄製の交通標識があるから少しスピードを落として慎重になる。
二度ぶつかって学習したものだ。
そこを越えれば路面の舗装が変わる。
それを合図に左に90度曲がって溝蓋沿いに歩けば目的のバス停に到着。
点字ブロックの上で深呼吸をする。
2千歩くらいだから1キロはない。
一日のスタートには丁度いい距離だと感じている。
人間の感覚って本当に素晴らしい。
見えなくなった頃はほんの少し歩くのも怖かった。
何も見えない状態で白杖だけでこんなに歩けるなんて想像できなかった。
慣れというものなのかもしれない。
バス停の点字ブロックの上で深呼吸した後、
感謝のような感情が僕を包む。
どこに向けられた感謝なのかは分からない。
歩けたことへの感謝なのか、
生きていることへの感謝なのか。
それから空を見上げる。
その瞬間、いつも幸せを感じている僕がいる。
(2018年12月26日)