ホーム

忙しい一日だった。
充実感と疲労感を自覚しながらホームへ続く階段を下りていった。
階段が終わりに差し掛かる頃、いつものように緊張感が膨らんだ。
怖さから生まれる緊張感だ。
子供の頃は人一倍幽霊が怖かった。
成人してもジェットコースターには乗れなかった。
怖がりで弱虫だった。
見えなくなって性格が変わるはずはない。
その僕が目隠し状態でホームを歩くのだ。
点字ブロックのすぐ脇には線路がある。
想像しただけでゾッとする。
時々電車が通り過ぎる。
その音を聞いて風を受けただけで足が竦む。
立ち止ってしまいたい。
でも少しずつ前に向かって進む。
乗車駅と降車駅の構造が違うので歩かなければいけない場所なのだ。
「一緒に行きましょうか?」
男性が声をかけてくださった。
僕はすぐさま彼の肘を持った。
歩きながらいろいろ話をした。
電車も一緒に乗った。
彼は夜勤の多い仕事でこれから出勤とのことだった。
ビルのスプリンクラーなどの点検補修をする仕事とのことだった。
大変そうだなと思ったが社会の一員として活躍しておられる姿があった。
なんとなく輝いておられた。
「失礼ですけど何歳ですか?」
僕は突然彼に尋ねた。
43歳とのことだった。
僕が最後の光を失ったのがその頃だった。
最寄り駅に着くまでの数分間、不思議な気持ちになっていた。
失明がなかったら僕の人生はどうなっていたのだろう。
人生にたらればなんか存在しないということは知っているのにふとそんなことを考え
た。
「ホームで声をかけてくださって肘を持たせてもらった時、ほっとしたのですよ。
落ちなくてすみますからね。」
僕はしっかりとお礼を伝えて電車を降りた。
ドアの位置が階段と違うことに気づいた彼は、
わざわざ電車を降りて僕を階段まで誘導してくださった。
そして急いで電車に戻られた。
数秒してからアナウンスが聞こえた。
「急行のドアが閉まります。」
間に合われたようだった。
「彼のような優しい人がいつまでも元気に普通に働いていけますように。」
僕は階段を上りながらなんとなく願った。
(2019年7月5日)