無言の手

バスはほぼ満員状態だった。
祇園祭の山鉾巡行の日だからと予想していたし、
座るなんて無理と最初からあきらめていた。
僕は押し流されるようにバスの中まで移動してから吊革をにぎった。
その僕の手を誰かが握った。
間違って握られたのだと思ったが違った。
僕の手を握った手がそのまま僕をゆっくりと引っ張った。
そして僕が立っていた後ろの席に誘導した。
ずっと無言だった。
座ろうとした時、また別の手が僕のもう片方の手を握った。
それもまた無言の手だった。
両方の手を支えられるようにしながら僕は座った。
僕がちゃんと座るのを見届けたように手は離れた。
「ありがとうございます。」
僕は声を出した。
それを聞き終えたように手の持ち主が会話を始めた。
二人の若い感じの女性だった。
韓国語だった。
無言だった理由が分かった。
僕はふと今朝のニュースを思い出した。
日本と韓国のもめ事のニュースだった。
同じ人間の手がこぶしを握れば悲しくなる。
武器を持てば恐ろしいことが起こる。
お互いに触れれば優しくなる。
同じ人間の手なのに。
僕は手の持ち主に再度「ありがとうございました。」と伝えてバスを降りた。
韓国語のありがとうを憶えておきたいと思った。
(2019年7月17日)