ランチへの道

午前の小学校での福祉授業を終えて午後の大学に向かった。
どこで昼食をとれるのか悩みながら移動していた。
慣れないコースの移動だったので記憶のデータはほとんどなかった。
乗り換えの三条京阪で探すことにした。
地下広場のどこかにカフェがあったような記憶があった。
微かな記憶だった。
僕は改札口でカフェがあるかを駅員さんに確認した。
確かに広場にカフェはあるとのことだった。
改札口から歩き始めたが、単独で行ったことはなかったので地図は描けなかった。
コーヒーの香りでもしないかと鼻をピクピクさせながらゆっくり歩いた。
やっぱり僕の鼻はワンちゃんのようにはいかなかった。
サポート依頼をするしかない。
僕は足音に向かって声を出した。
足音はなかなか止まらなかった。
僕を避けて遠回りしていく足音もあった。
年に数回ある運の悪い日だった。
昼食をあきらめようかと一瞬思ったが空腹感が勝利した。
僕はまた声を出した。
やっと止まってくださったご婦人がお店の前まで連れていってくださった。
しっかりとお礼を伝えてお店に入った。
お店はテイクアウト専門のパン屋さんだった。
愕然として悲しくなった。
どこかにカフェがないか尋ねたら反対側にあるとの答えだった。
僕は仕方なく店を出た。
トボトボ歩き始めた。
「カフェまで案内しましょう。」
さっきの店員さんが追いかけてきてくださった。
大学生くらいの若い女性だった。
きっと店番を他のメンバーに頼んで出てきてくださったのだろう。
やさしさが心に沁みた。
単純な僕はまた元気を取り戻した。
カフェの前で彼女にしっかりとお礼を伝えて中に入った。
今度は次のステップが待っていた。
注文をして座席を探さなければならない。
僕の前には他のお客様がいらっしゃるようだった。
僕は確認も含めてすみませんと声を出した。
何の反応もなかった。
とりあえず、その方の注文が終わるまで動かないことにした。
僕の順番になったことを確認してから注文カウンターに移動した。
いや正確に表現すれば、白杖がカウンターにぶつかるまで動いた。
「店内でお召し上がりですね。」
確認してくださったお店の人に簡潔に話した。
「コーヒーと一緒に何か食べたいのですが、目が見えないので教えてください。」
彼女はサンドウィッチの種類などを上手に説明してくださった。
そのやりとりでサポートを受けられる自信が生まれた。
僕はスモークサーモンとアボガドのサンドウィッチを注文した。
予定通り、座席まで誘導してくださって問題なく食べることができた。
たった一度の食事、どれだけのエネルギーが要るのだろうとしみじみと感じた。
そのせいもあってかとてもおいしかった。
コーヒーの香りが胃袋から脳に伝わっていくような気分になった。
食事が終わって座席を立った。
さっきの店員さんが出口まで誘導してくださった。
「点字ブロックまで動いた方がいいですよね。」
彼女はそう言って離れた場所の点字ブロックまで動きながら、次にどこに向かうかの
確認をしてくださった。
僕は京阪電車の改札口に向かうことを告げた。
「じゃあついでだからそこまで行きます。」
僕は彼女の肘を持たせてもらって改札口まで行くことができた。
悲しいことも残念なこともある。
でも同じくらいうれしいこともある。
だからこうして一人での外出を続けられるのだろう。
僕は彼女に深く頭を下げてから次の駅に向かった。
(2019年12月6日)