菜の花

僕は自宅で電話をしていた。
晴眼者の彼は戸外を歩きながらの電話らしかった。
仕事の話だった。
突然、彼は会話を遮った。
「空き地が菜の花でいっぱいですよ。黄色一色です。
売地という看板が出ています。」
僕は一気にうれしくなった。
「700円だったら、僕が買うよ。」
僕はすかさず答えた。
どこから700円という数字になったのかは自分でも分らない。
40歳で見えなくなって仕事を失った。
その後、頑張ってトライしたけどちゃんとした就職はできなかった。
いろいろな書類の職業欄には自由業と書き続けて20年が過ぎた。
僕の人生、僕の経済力では土地を購入するなんてあり得ない。
自嘲しながらの数字だったのかもしれない。
でも、ここまでの道をどこかで満足しているのだろう。
土地を買えないことよりも、菜の花を喜ぶ自分を受け止めている。
電話を切って気づいた。
六畳の僕の部屋は菜の花の黄色で埋め尽くされていた。
幸せの黄色だなと思った。
(2020年3月4日)