笑顔の一日

散髪屋さんで会計をしようとしたら、60歳以下に間違われた。
「シニアです。」
僕はそう言ってから表情を変えないで会計を済ませた。
70円値引きしてもらった。
お店を出た途端に笑顔がこぼれた。
70円もうれしいけれど、60歳以下に見られたのがうれしかった。
40歳で見えなくなったのだから、もう20年以上も自分を見ていない。
触覚でハゲてきたのは分かっている。
シワはまだないような気はする。
どんな風貌になっているのだろう。
そんなことを考えながら横断歩道まで歩いた。
「あっ、29番が行ってしまいました。」
ガイドさんが申し訳なさそうに伝えてくださった。
横断歩道を渡ったところがバス停なのだ。
29番は僕が乗る予定のバスだった。
30分に一便しかいないので、30分待たなければいけないということになる。
タイミングの悪さに笑顔は一瞬で消えてしまった。
僕は29番をあきらめて阪急電車で帰ることにした。
駅の改札口までガイドさんに連れて行ってもらった。
そこでガイドさんと別れて単独でホームに向かった。
駅は緊張感を伴うので大変だ。
頑張って歩き始めた。
しばらくして電車が到着した。
僕は乗車後いつものように入り口の手すりを持った。
「席に座りますか?」
すぐに女性が声をかけてくださった。
「ありがとうございます。助かります。」
僕は笑顔で答えた。
彼女のサポートで席に座りながらありがとうカードを渡した。
そこから帰宅するまで心の中はずっと笑顔だった。
いい一日だったなと思った。
こんな気持ちで一日が過ぎるというのを幸せだと感じた。
僕も誰かにそんな笑顔を届けられればいいなと思った。
(2020年6月29日)