夏の信号

朝、いつものバス停に向かう。
途中に一か所だけ信号がある。
南北は片道一車線、東西は片道二車線の信号だ。
バス停に行くにはその信号を南に渡り、それから西に渡らなければいけない。
つまり、対角線方向に二度渡るのだ。
小さな交差点だから音響信号ではない。
僕はそこに着くとまず点字ブロックを探す。
まっすぐに渡るために足の裏で点字ブロックの方向を確認する。
それから車のエンジン音を探す。
最近の車はアイドリングストップになっている。
停車中はエンジン音は消えているのだ。
車の燃費も向上するしガソリンの節約にもなるし大気汚染にも貢献するシステムだ。
それはいいことだと思う。
ただ、僕にとっては怖い存在だ。
たまにバイクが信号待ちにいるとうれしい。
ちゃんとエンジン音が聞こえるからだ。
エンジン音が聞こえ山車、それが動き始めるのが信号が青に変わったという合図だ。
いつも緊張する瞬間だ。
そして、この夏の一時期、エンジン音よりもやっかいな音がある。
セミの鳴き声だ。
朝のセミの合唱はエンジン音どころではない。
その状況で青を確認するのは至難の業だ。
今朝も聴覚に神経を集中させて立っていた。
セミの声が僕の不安感をどんどん増幅していた。
エンジン音はほとんど聞こえない状況になっていた。
青に変わったのも分からずに立っていたのかもしれない。
「青になりましたよ。」
どこからか女性の声がした。
その方向さえ分からなかった。
とにかく僕は大きな声でお礼を伝えた。
「ありがとうございます。助かります。」
それから白杖をしっかりと左右に振りながらまっすぐ歩いた。
このまっすぐは勘の世界だ。
少しずれていたがなんとか無事に渡れた。
見えないで歩くってやっぱり大変だ。
セミの声、嫌いではありません。
夏を感じる風物詩みたいなものですからね。
でも、あの信号のところだけでもボリュームを下げてくれればいいんだけど。
誰かセミと話せる人、どこかにいませんか?
(2020年8月22日)