変なお礼

角を曲がってから30メートルくらい歩けば点字ブロックがある。
バス停の目印の点字ブロックだ。
そこを超えて直進、路面のコンクリートの感じが少し変化した場所が橋だ。
橋を渡ったら運動公園の側壁の壁と路面を白杖で交互に触りながら歩く。
そこが終われば植え込みがある。
植え込みの間の細い路地を進むと点字ブロックだ。
この点字ブロックも曲がりながら緩やかな下り坂となって横断歩道につながる。
そこでピヨピヨとカッコウの信号の音を聞き分ける。
どちらが鳴っているか確認するのは意外と難しい。
確認が終わると次のカッコウが鳴き始めたと同時にスタートする。
急がずに同じスピードで歩くのがコツだ。
左折右折のエンジン音が聞こえるがそれに惑わされると方向を誤る。
こうして一応の地図が頭の中にある。
ところがこれを逆のコースで歩くとつい迷子になってしまう。
植え込みの間の路地近辺が難しい。
悔しいけどまた迷ってしまった。
「迷ったはんの?」
おばあちゃんの声がした。
「境谷のバス停の方に行くんか?」
彼女は僕の進みたい方向を確かめるとひじを貸してくださった。
僕達はゆっくりと歩き始めた。
方向を確認できたところから一人で歩こうとしたが、
バス停までは一緒に行くとおっしゃった。
「今年の冬は寒いなぁ。コロナで出かけられんのも辛いわ。
私らは残りの日数が少ないんだからもったいない。」
彼女は笑いを交えながら歩いてくださった。
バス停に到着した。
「松永さんやなぁ。知ってるで。」
別れ際に彼女は笑っておっしゃった。
突然恥ずかしくなった。
白杖のプロが迷っているのを見られていたのだ。
「頑張ります!」
僕は変なお礼を伝えてまた歩き始めた。
「頑張りや。」
彼女の大きな笑顔の声のエールが後ろから僕をあたたかく包んでくれた。
僕の背筋が自然に伸びていた。
さりげなく誰かの力になる。
僕もそんな人になりたいなと今更ながら思った。
(2022年1月21日)