一杯分が個包装になっているから便利だ。
ハサミで片方を切って粉を陶器のマグカップに入れる。
それから沸かしたてのお湯を注ぐ。
引っ越し祝いにと友人がプレゼントしてくれた真っ赤なティファールだ。
同じお湯のはずなのにちょっとうれしくなる。
いつものイノダコーヒーの香りを嗅ぎながら朝が始まる。
新しい土地での朝、まだまだ慣れてはいない。
清閑な住宅街、幹線道路からも離れているので音は割と静かだ。
小鳥の鳴き声が聞こえる。
比叡山の麓だからたくさんの野鳥達が先輩なのだろう。
敬意を表してお付き合いしていかなくちゃいけない。
白杖で歩きながら少しずつ地域に溶け込んでいければいいな。
「お一人では火は使わないのですよね。」
以前引っ越した時に近所の人から尋ねられたことがあった。
僕が見えないと知って家事を心配されたようだった。
「使いませんから大丈夫です。」
僕は嘘をついた。
安全に気をつけて使いますと答えても意味がないのは分かっていた。
嘘も方便というやつだ。
今回の引っ越しの際にその方も声をかけてくださった。
「淋しくなります。」
心のこもった言葉だった。
どれだけの時間がかかってどれだけの人に伝わるのか、
それは僕にも想像できない。
ただ、僕が生活するということはそういうことなのだろう。
僕のペースで焦らず惑わず暮らしていきたい。
(2022年4月16日)