野の花のように

大学の講義は毎週木曜日の4時限目が基本だ。
終了が16時45分、学生達が一気に大学前の駅に向かう時間帯ということになる。
大学前の横断歩道には警備員の方々が立って学生達の波を誘導しておられる。
駅のホームは学生達で溢れかえる。
たまに利用するのだが必ずもみくちゃになる。
最近の僕はそれを避けて経路の地下鉄の駅までをバスを利用するようにしている。
バス停までは大学の職員が送ってくれる。
駅でのバスから地下鉄への乗り換えは少し複雑だがなんとかクリアできている。
少し時間はかかるが僕には安全な方法だ。
最近、このバスに一緒に乗ってくださる男性と出会った。
地下鉄の駅の乗り換えで危なかしく見えた僕に声をかけてくださったようだ。
僕よりは少し年上のようだが大学の近くのどこかで働いておられるらしい。
乗るバス停も降りるバス停も同じ、時間も同じ、乗り換える地下鉄も同じという幸運
だった。
同じ方面に向かう地下鉄に乗車して僕達は横並びに一緒に座る。
「今日も暑かったですね。」
定型句のような会話が幾度か交わされる。
僕は京都駅で下車、彼はそのまま国際会館前まで乗車されるらしい。
安全に乗り換えられること、一本早い地下鉄に乗れること、座れること、いいことだ
らけだ。
京都駅で先に降りる僕の背中に彼の声がそっと手を振る。
「お疲れさん、また来週。」
嫌な悲しいニュースは大々的に報道される。
こんな小さな善意は誰も知ることはない。
僕と彼だけの間でのことかもしれない。
でも、まさに野の花のようにこの国のあちこちで咲いている。
その野の花の咲き乱れる中で僕は生きている。
生かされている。
心から幸せなことだと思う。
(2022年7月2日)