台風

故郷の鹿児島県は台風がくるのは年中行事みたいなものだった。
少年時代の思い出のひとつに台風がある。
大きな台風かもしれないと分かると父ちゃんはその準備をした。
飛ばされそうなものは家の中に入れた。
あちこちを五寸釘で打ち付けた。
それから雨戸には物干し竿を針金で留めて補強をした。
小学生になると僕も少しずつ手伝いをするようになった。
思い出せばほとんど手伝いにはなっていなかったと思う。
ただ父ちゃんとの作業の時間は鮮明に憶えている。
針金をペンチで切って竿に結わえていく父ちゃんの手先まで憶えている。
とても楽しかった思い出のひとつだ。
台風は不思議と夜にきた。
トランジスタラジオの放送は雑音の方が大きかった。
停電の中のロウソクの光が家の数か所で揺れていた。
炎は押し入ってきた小さな風に揺られながら必死に耐えていた。
そして泣き叫ぶような風の音。
子供の僕はちょっとワクワクしながら布団の中で縮こまった。
朝がきて外に出るといろいろなものが散乱していた。
木の枝などが多かったと思う。
幾度か近所の家が崩壊した。
子供達は崩壊した家の前で小さな歓声をあげた。
台風という自然の力、圧倒的な力への敬意みたいなものだった。
崩壊した家の少年は下を向いて唇を噛んでいた。
それからよく遊んだ河の様子も見にいった。
どこからどこまでが河なのか分からない状態になっていた。
いつもの土手のあたりを少しだけ歩いて怖くなって引き返した。
家までの帰り道、ふと空に気づいた。
台風の過ぎ去った後の空は美しかった。
透き通るような青空に足を止めて見入った。
昨日も台風のニュースが流れた。
僕の暮らす滋賀県大津市はほとんど影響はなかった。
台風が通り過ぎる度に一連の記憶が蘇る。
透き通るような青空の青が蘇る。
窓から外を見上げる。
自然に微笑みがこぼれる。
(2022年9月7日)