うれしい勘違い

朝、バス停までの道を歩きながら、
今日は曇りだなと思った。
いつも、風や音や、雰囲気で、そんなことを思うのだ。
バス停に着いた時、
「おはようございます。」の声が聞こえた。
僕も、すぐに返した。
この声の女性は、年に数回、このバス停で出会う。
自由業の僕は、日によって、出かける時間が違う。
利用するバス停も数箇所ある。
だから、出会えるのは、年に数回という感じだ。
挨拶の後は、季節の話や、世間の話。
バスが来るまでのわずかな時間を楽しむ。
白杖で歩き始めた頃、
近所で声をかけてくれる人はいなかった。
見えていた頃の会釈もできなくなってしまったし、
誰とすれ違っているのかも判らないし、
僕に声をかけるのを、戸惑った人もおられただろう。
毎日の白杖での外出、
少しずつ、挨拶の声をかけてくださる人が増えていった。
僕が歩く風景も、
きっと、この街に溶け込んできたのだろう。
「今朝は、とっても高い、きれいな青空ですよ。」
彼女が教えてくれた。
「えっ、曇り空ではないのですか?」
「澄み切った秋の空です。」
僕の大きな勘違いだった。
僕はうれしくなった。
教えてもらったことが、得をした気分になった。
それを彼女に伝えると、彼女もうれしそうに笑った。
間もなくバスが到着して、僕達はそれぞれの行き先に向かった。
今日の僕の行き先は、大阪の高校だった。
僕は、授業の途中で、
「ほら、窓から空を見てごらん。きれいな秋の空だよね。」
自慢げに、生徒達に話した。
生徒達も、ちょっと驚きながら、空を眺めた。
(2012年10月3日)