10センチ先

もう20年くらい関わっている高校から次年度の希望調査が届いた。
この高校は単位制の学校で、総合学習で点字という科目を実施している。
僕はその科目を担当しているのだ。
年に5日間だけ通っている。
その学校から次年度も講師を継続する意思があるかどうかのお尋ねが届いたのだ。
自由業の僕はこういうことの積み重ねで生活してきた。
収入につながることも勿論大切なことではあるが、何より次世代の若者たちにメッセ
ージを届けることができる。
また声をかけて頂けたということは有難いことだ。
だが、ひとつだけ変化が起こった。
学校が違う場所に引っ越ししたのだ。
同じ京都市内だが数十キロ離れた場所で、最寄り駅などもすべて違う。
滋賀県の自宅からバスに乗り、JR、東西線、烏丸線、そしてバスと乗り換えがある。
経路をすべて記憶しなければいけない。
ホームをどちらに動き、点字ブロックをどこでどちらに曲がるかなどのすべてを記憶
するのだ。
曲がる場所が一つ違っても、左右を一度勘違いしても辿り着けない。
そして、そこにはいつも危険が横たわっている。
恐怖心に打ち勝つためには身体に憶えこまさなければいけない。
今日で三日目の訓練、だいぶ自信ができてきた。
もう一息だと思う。
たった10センチに必死になる。
白杖を握りしめ、耳を澄ませて進む。
足裏の触覚も自然に頑張る。
ひょっとしたら不細工な姿かもしれない。
でも、僕は不細工な僕が好きだ。
10センチ先の未来に真剣に向かう自分が好きなのだと思う。
(2024年2月22日)