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風鈴

風鈴の音を、彼女が教えてくれた。
耳を澄ますと、確かに聞こえた。
ガラス窓の向こう側で、夏の始まりを主張していた。
目が見えなくなると、耳がよくなるのかと尋ねられることがあるが、
そんなことはあり得ない。
高齢になると、老眼になり、耳も遠くなる人なんてたくさんおられる。
しいて言えば、
見えなくなったら、見えてる頃よりも、
しっかり聞こうという感じになっているのだろう。
もちろん、これも無意識のなかでのことだ。
だからきっと、単独で移動している時の方が、
いろいろな音や香りに敏感になっているのかもしれない。
今日は、友人と一緒、つまりは安心した状況なのだから、
耳も鼻も、のんびりとくつろいでいた。
教えてもらわなかったら、
風鈴にも気づかなかったかもしれない。
窓ガラスに映る景色が、まるで一枚の絵のようだと、
彼女がつぶやく。
桜の木の葉の緑色が、夏空に映えて、
しかも強い力の緑色だと、
一枚の絵を、僕に伝える。
彼女とは、そんなに何度も会ったわけでもないし、
交わした言葉も、特別多いわけでもない。
それでも、僕達の間に、穏やかな安らぎの空気が流れる。
昔からの友人みたいな感じだ。
きっと、同じ未来を見つめる視線が、
信頼につながったのだろう。
僕がご馳走するというのを振り切って、
彼女がレジに向かう。
そんなこと、どっちでもいいと、
風鈴がつぶやく。
ごちそうさま。
(2013年6月8日)