さくらんぼ

2004年の暮れに「風になってください」が刊行されたのだから、
彼女と会ったのは、2005年くらいだろうか。
名古屋で眼科医として仕事をしていた彼女は、
偶然、僕の本を読んでくださったらしい。
何かのきっかけで、京都で彼女と会い、一緒に歩いた。
失明と向かい合う患者さん、
その患者さんと向かい合う医者、
それぞれに越えていかなければならないものがあったのだろう。
交じあわせた少ない言葉の中から、
彼女が医者という立場で葛藤されたことが伺われた。
見える彼女と、見えない僕と、
見つめる未来は同じだなと感じた。
その時から、毎年この季節になると、
さくらんぼが届くようになった。
気持ちだけで十分うれしいことは告げてあるのだけれど、
静かな彼女の、彼女なりのエールなのだろう。
届いたばかりのさくらんぼを、口に含んだ。
甘酸っぱい味がした。
幸せの味だと思った。
医療はパーフェクトではない。
治るとか治らないということを、
いいとか悪いとか言うことはできない。
ただ、もう眼科に通う必要のなくなった僕達に、
思いを寄せてくださる眼科医がおられることは、
やっぱりうれしい。
先日、京都市内の書店で、
「風になってください2」の出版記念講演会があったが、
会場に、地元の眼科医が来てくださっていたのを、後で知った。
そっと聞いて、そっと帰られたらしい。
人間同士のやさしさの先に、きっと医療や福祉や教育というものがあるのだろう。
僕の目の病気は治らずに、見えなくなってしまったけれど、
僕の目に関わってくださったたくさんの医療関係者に、心から感謝したい。
(2013年6月30日)