バスを降りる時

バスが桂駅に着いた。
僕は前方の降車口に向かって歩き出した。
途中までは、左手で頭上の手すりを持って歩く。
まっすぐ歩くための方法だ。
降車口が近くなった気配で、
手すりから手を離して、
ズボンのポケットから定期券入れを取り出す。
右手に白杖、左手には定期券、
そして、前にいる人との距離感を保ちながら歩くのだが、
この距離感というのが実に難しい。
気配だけが頼りだから、
つい、前の人に白杖がぶつかるのだ。
そっと動いているので、
強くぶつかることはないけれども、
何度かぶつかると、僕は小声で謝る。
やっぱり、気まずい。
たった数メートル、
ハラハラドキドキの時間だ。
もう間もなく降車口かなと思った瞬間、
「前があきましたよ。そのまま進んでください。」
その瞬間、僕の緊張感もダウン、ほっとしてバスを降りた。
声の主は、そのまま僕にサポートを申し出てくださり、
そこから駅へ向かい、一緒に電車に乗った。
介護の専門学校で学んでいるというお母さんだったが、
子供さんが小学校で僕の話を聞いたとのことだった。
時々あるのだが、
僕の思いを受け止めてくれた子供達が、
代弁者となって、家族に伝えてくれる。
本当にありがたいことだ。
そして、こんな出会いの朝は、
その後の一日が
とてもラッキーな日になるような気分になる。
「今朝松永さんと出会ったと、子供に伝えておきます。」
僕の降りる予定のひとつ手前の駅で、
彼女は笑顔の言葉を残して降りていかれた。
こうして、やさしい人達に出会えるのは、
やっぱり、幸せのひとつに間違いありません。
見えなくても、しあわせが多い日もあります。
人間が生きていくって、
それだけで、とても素晴らしいことなんですよね、きっと。
(2013年10月2日)