不思議な言葉

紅葉の季節が過ぎ去り、
土曜日の朝の駅は、
また日常を取り戻していた。
ラッシュでもないけれど、それなりの込み具合を感じた。
僕は、到着した電車に集中力を高めながら乗車しようとした。
電車に足をかけたその時、
誰かが僕をつかんだ。
乗車に問題はなかったけれど、
いいタイミングだったので、
「手すりを持たせてください。」と頼んだ。
彼は、すぐ近くのベンチシートの一番端が空いていることを教えてくれた。
僕は座った。
その時、僕はもうすでに、彼の気配を見失っていた。
きちんとお礼を言いたいと思うのだけれど、
見えないってそんなこと、
相手がどこにいるかを特定するのは難しい。
僕は仕方なく、心の中で、ありがとうをつぶやいた。
電車が烏丸駅に到着して、ホームを歩き始めた時、
さきほどの男性の声がした。
僕は、肘を持たせてくださいと頼んだ。
一緒に歩き始めると、
「さっきは、つかんでしまってすみません。
やり方が判らなかったものですから。」
誠実そうな声だった。
「大丈夫ですよ。
貴方のお陰で、座席にも座れました。
師走の朝に座れるなんて、ちょっと幸せです。
ありがとうございました。」
僕は感謝を伝えた。
今度は声に出して伝えた。
しっかりと伝えたことで、
僕自身もあたたかな気持ちになった。
ありがとうって、いい言葉だな。
言われるのは勿論だけど、
口に出した方までが幸せになれる、
不思議な言葉です。
(2013年12月8日)