一瞬の視線

駅で電車を待つ時、停車位置を示す表示は僕には判らないので、
無関係に、ただ点字ブロックの上に立っている。
電車が入ってくるのは、アナウンスと電車の音で確認できる。
ただ、すぐ前の電車の音と、もうひとつ奥の電車の音では、
奥の方が音がよく聞こえて錯覚を起こしやすいので、
慎重さが求められる。
電車の到着を確認した後、
今度はドアの開いた音を確認する。
そして、白杖で車体を触りながら、ドアの入り口まで進む。
入り口だと思われる部分に着いたら、床を確認する。
もし、入り口だと思ったところが電車のつなぎ目だったら落っこちてしまう。
だから、床を確認するのはとても大切な作業だ。
そこまで確認できたら、足を伸ばす。
目が見えればなんでもない行動が、
見えないとやはり大変な部分がある。
今日もそのつもりで立っていた。
電車の音を確認し、
ドアの音を確認した時、
「お手伝いしましょうか?」
僕はすかさず、彼女のヒジを持たせてもらった。
彼女は、僕を電車に乗せると、
入り口の手すりをつかませようと探しておられたようだった。
僕の左側にいた女性が、
僕の手をとって手すりを触らせて、
自分のつかんでいた手すりを譲ってくださった。
その時点で、僕を乗車させてくださった女性は姿を消した。
動きからして、
電車から降りてこられた人だったのかもしれない。
僕を乗車させて、僕が手すりをつかむのを見て、
降りていかれたようだった。
電車のドアが閉まり、
僕はのんびりと河原町までの時間を過ごした。
電車が河原町駅に着いた時、
手すりを譲ってくださった女性が声をかけてくださった。
「一緒に降りましょうか。」
改札口までサポートをしてくださった。
「私は、なかなか勇気がなくて声をかけたりはできないのですが、
さっきの方につられて声をかけました。」
僕は、感謝を伝えながら、
電車に乗り込んだ時を思い出した。
他人同士の二人の女性、
会話はなかった。
でもきっと、目と目が合ったのだろう。
視線が合ったのだろう。
一瞬にして、二人の中に、合意が生まれたのだろう。
暖かな、人間同士の眼差しだ。
人間って、すごい生き物だな。
一瞬にして、言葉を使わなくても伝えることができることもある。
改札口で別れ際、
僕は感謝を伝えながら、彼女を見つめた。
見えない僕の視線、
どうか伝わっていますように!
(2014年3月17日)