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宝箱

朝の光が判らない僕は、
音声時計のボタンを押すことによって一日の始まりを確認する。
枕元にあるはずの音声時計を、
寝ぼけまなこで手探りで探すという作業は、
面倒くさいのだけれど仕方ない。
せめて光だけでも確認できればなと、
ついないものねだりをしたくなる。
それが、今朝はその音声時計を使う前に朝を確認できた。
セミの合唱団の鳴き声だ。
なんとなくうれしくなって、
僕はわざと起きないで、
合唱団の音楽に聴き入った。
日常はうるさいと感じてしまう歌声が、
妙に愛しく感じられた。
少年時代の夏の記憶までが蘇った。
半ズボンに白いランニングシャツ、麦わら帽子にビーチサンダル。
針金の輪っかにクモの巣の糸をからめて、
虫捕り網にした。
網膜色素変性症の僕は、
木にとまって泣いているセミの姿をなかなか見つけられなかったけど、
ともだちが手伝ってくれた。
捕まえたクマゼミやアブラゼミの羽根の模様も美しかった。
もう見ることのない僕にとって、
ひとつひとつの映像の記憶が大切な宝物になっている。
宝箱のカギを、神様はいろんなところに隠しておられる。
ひとつでも多く見つけたいな。
見つけられるゆとりのある人生でありたいな。
(2014年8月5日)