豪雨

地元の駅に帰り着いたら、まさに豪雨だった。
僕は左手で傘をさして右手の白杖で足元の点字ブロックを確認しながら、
いつもの半分以下のスピードで歩き始めた。
豪雨は、僕が一番頼りにしている耳からの情報を完全に奪っていた。
さほどの恐怖感が発生しなかったのは、
人間だけが行きかう道だと判っていたからだろう。
それでも下りの階段はいつもより長く感じられたし、時間もかかった。
階段を降り切った近くに僕が日常利用するバス停がある。
そこまで点字ブロックがつながっていて少しの屋根があるのも知っている。
そこに向かったのだが、失敗した。
完全に方向を見失った。
豪雨の中で立ちすくんだ。
タクシーに乗ろうかとも考えたが乗り場まで行く自信がなくなっていた。
自分の居場所も方向も何も判らなくなっていた。
人の足音ももちろん聞こえなかったが、幾度か助けを求める声を出した。
何も反応はなかった。
近くに人がいないか少し白杖で探ったが、それでも何も判らなかった。
それ以上動かなかったのは、
傘がぶつかったり白杖が当たったりして、
他人に迷惑をかけたくないという気持ちがあるからだろう。
目も見えず耳も聞こえないという状態で、豪雨の中にただ立ちすくんだ。
10分に一本くらいのバスがあるのも判っているのだが、
エンジン音も聞こえない僕は一歩も動けなかった。
雨が傘をたたき続け、傘を通り越した雨粒が折れそうになる心に沁みこんできた。
うなだれそうになりながら、
ふと、今日のお昼に一緒に歩いた男性の言葉を思い出した。
講座の受講生として出会った彼は53歳と言っていた。
口数は少なかったが、応援する言葉をくれた。
もう50歳を超えているオッサン同士だからストレートな言葉は使わない。
いや、気恥ずかしくて使えない。
ぶっきらぼうに、そしてさりげなく、
でも確かに彼はエールを送ってくれた。
その言葉を思い出しながら、うなだれそうになった首が持ち上がるのを感じた。
もちろん元気よくではなかったが、確かに折れそうになっている僕を支えていた。
僕はだんだん、何時間でも立っていられるような気分になっていた。
「バスに乗るのですか?」
高校生くらいの男の子が声をかけてくれるまで、
30分以上の時間が経過したのだろうが、
僕は待ち続けた。
あきらめないで、いや、あきらめて、
辛抱すればなんとかなる。
人生、なんとかなってきた。
それにしても、言葉の力はすごいものです。
誰かに力を与えることもあるのです。
(2014年8月25日)