ソーメン

僕よりちょっと年上の彼女は生まれた時から目は見えなかった。
九州の小さな田舎町でお母さんと暮らしていた。
お母さんは大切に育ててくれたとのことで、
出かける時はいつも手をつないでくれたらしい。
買い物にも食事にも連れて行ってくれたし、
演歌歌手のコンサートにも行ったことがあるとうれしそうに話してくれた。
ただ事情は判らないが学校は行かなかった。
時代が出した答えだったのかもしれない。
一度でいいから学校というところに行ってみたかったなと彼女が笑ったことを、
学校に行くのは当たり前だと思っていた僕は不思議な感覚で聞いていた記憶がある。
そのお母さんが他界され京都の視覚障害者施設に入所した。
僕ともそこで出会って10年以上の時間が流れた。
彼女はその間に歩行訓練士に白杖の使い方を教えてもらった。
施設の近くのコンビニまでは買い物に行けるようになった。
「一人で買い物に行く姿をお母さんに見せてあげたかった。」
彼女の何気ない一言にお母さんへの感謝の思いが込められていた。
僕は彼女と友達になった。
先日久しぶりに出会ったら、地域の視覚障害者団体のバス旅行の話をしてくれた。
僕も行きたかったのだけれどスケジュールが合わなかった。
「とっても楽しい旅行でしたよ。次は松永さんも一緒に行きましょうね。
お忙しいのは知っていますけど、ゆっくりするのも大事ですからね。」
お土産のソーメンの袋を僕に手渡しながら彼女は笑った。
彼女は施設で箱折などの作業をしている。
毎日頑張って働いている。
一か月の工賃は1万円くらいだということを僕は知っている。
豊かに生きていくってどういうことなのか、
人間の価値って何なのか、
学校に行ったことのない友達はまた僕に教えてくれた。
(2016年7月5日)