講演が終わって控室に帰る時、
署長が歩きながら涙をぬぐっておられるのが判った。
控室のソファに腰を下ろした僕にお茶を勧めながら、
「カッコよかったですね。」
思いがけない言葉で感想を述べられた。
それから一呼吸おいて、
「言葉が見つからない。」とおっしゃった。
やさしさが伝わってきた。
僕は感謝を伝えて次の会場に向かった。
お会いするのがもう三回目となる社長は、
講演の前に僕を紹介するスピーチが途中で止まった。
画像のない僕は一瞬何が起きたのかは判らなかったが、
直後の社長の声で状況を察することができた。
社長はこみあげてくるものを必死にコントロールしようとしておられた。
「誰かに伝えようという気持ちになります。」
そんな言葉でスピーチは締めくくられた。
やさしさが伝わってきた。
それぞれの組織のリーダーという重責を担っている二人の50歳代の男性は、
それぞれの思いを胸に言葉を紡ごうとされていた。
それは単純に自分の組織のためにというものではなく、勿論、僕のためにというもの
でもなかった。
人間の社会の進むべき方向を見つめておられるのが伝わってきた。
こうやって長い時間の中で人間の社会は成熟してきたのだろう。
そしてもっとそうなっていくのだろう。
それぞれの涙を僕は美しいと感じた。
(2016年7月9日)