バックミラー

バス停でバスを待っていた。
点字ブロックの上で静止しているから危険はない。
ぼぉーっとしながら耳だけが仕事をしている状態だ。
手も足も鼻も口もひょっとしたら脳までもが休憩中かもしれない。
のんびりとしたいい時間だ。
やがてバスらしきエンジン音を耳がキャッチした。
「29号です。少し開いています。」
運転手さんは僕にバスの系統を伝えた後、
ミラー越しに僕の動きを確認してくださっていたのだろう。
だから歩道とバスの間隔の情報が自然に出たのだろう。
僕はその情報があったので一度車道に降りて一歩バスに近づいてから乗車した。
何の問題もなく危険もなく乗車できた。
「3歩先の前向きの席が空いています。」
マイクからは運転手さんの次のアドバイスが流れた。
僕は流れるように自然に座席に座った。
「ありがとうございます。」
僕は運転手さんに届くように大きな声で御礼を言った。
「バスが発車します。」
またまた運転手さんの声が流れバスは発車した。
静かだった車内からいくつかの話し声などが聞こえだした。
静かだったということは他の乗客は乗車してくる白杖の僕の動きを見ておられたのか
もしれない。
斜め後ろの座席からおばちゃん達の会話が聞こえてきた。
「朝からこんなバスに乗れたら気持ちいいなぁ。」
「全部こうやったらいいのになぁ。」
運転手さんの僕への対応についての感想なのだろう。
バスの中はなんとなく暖かな雰囲気になっていた。
やがてバスはいくつかの停留所を過ぎてそのおばちゃん達も降りられるようだった。
「運転手さん、ありがとう。」
おばちゃん達はちょっと大き目の声だった。
ひょっとしたら僕に代わって御礼をおっしゃったのかもしれない。
バックミラーでは確認できないだろうけど、
僕はそっと頭を下げた。
(2017年2月17日)