見たくないもの

歯医者さんでの治療を終えて歩きながら、
ふと子供の頃の通院を思い出した。
注射が苦手だった。
注射器も注射針も見たくなかった。
その瞬間目を閉じて顔をそむけていた。
歯を食いしばって身体ごと思い切りそむけていた。
懐かしい思い出だ。
目が見えなくなって目を閉じることも顔をそむける必要もなくなった。
見たくないものを見なくてよくなったということだろう。
そんなことを思いながら歩いていたらガイドさんが街路樹の様子を伝えてくれた。
生まれた黄緑色がどんどん濃くなってきているらしい。
見たくないものは見なくていいけれど見たいものも見えない。
そんなことを思っている間に僕の目の前に絵の具のチューブから色が溢れ始めた。
空も地面も黄緑色一色に染まっていった。
笑顔になった。
人間の感性って素晴らしい。
もうすぐすれば風が薫るのだろう。
今度は嗅覚が風を感じてくれるのだ。
そうやって僕も春色になりたい。
(2017年4月19日)