隅田川

視覚障害者全国大会の代表者会議の会場は浅草だった。
僕は早めに浅草に着いた。
浅草駅のホームの音楽は「花」だった。
どうしてだろうと思ってガイドさんにお尋ねしたら、
「春のうららの隅田川」の隅田川が近くを流れているからではとのことだった。
桜の季節には大勢の見物客が訪れるとのことだった。
僕は小一時間の自由時間を隅田川散策に使うことにした。
隅田川公園には勿論桜の花はなかったけれど、
たくさんのあじさいが咲いていた。
目が見えていたらここを歩くことはなかったかもしれない。
見えなくなって団体の役員をするようになったから
いわば義務感で訪れたようなものだ。
それでも心を動かす景色に出会うことはあるのだ。
特別な美意識に関わるものではない。
ただそこにあじさいの花が咲いていた。
数えきれないほどのあじさいの花だった。
色とりどりのあじさいの花だった。
雨上がりにやさしく濡れていた。
それを触る僕の心が豊かに落ち着いていた。
隅田川の川面を渡る風がそっと微笑んでくれた。
一瞬止まった時間が呼吸も止めた。
そして次に吸い込んだ空気は6月の空気だった。
それだけで幸せになった。
忘れられない風景を心のアルバムに残しておきたいと思った。
(2018年6月13日)