«

»

車椅子のおばあちゃん

憶えたい駅からのルートをガイドさんと一緒に歩いたのは数日前だった。
ポイントをチェックしながら二度も歩いた。
駅の構造や道の方向などを頭の中の地図に書き込んでいった。
一応の自信も生まれた。
ところが、今日単独で歩いてみたら失敗してしまった。
難関の歩道の移動は見事にクリアしたのに、
駅の多目的トイレの場所が分からなくなってウロウロしてしまったのだ。
見えないとはそういうことだ。
気づいた通行人の男性が駅員さんに場所を確認してくださった。
改札口を入ったところにあるとのことだった。
冷静に考えれば当たり前のことなのだが、
バスを降りて階段を上ったところと勘違いしてしまっていた。
実際には電車を降りて階段を上ったところだったのだ。
通行人の方、駅員さんのサポートで無事トイレにたどり着いた。
使用中だと駅員さんが教えてくださった。
お礼を伝えて一人で待つことにした。
「さっき入らはったばかりだから、時間がかかるかもしれないよ。
私も待っているけど、先に入っていいからね。」
突然左側の低い位置から声がした。
車椅子の高齢の女性だった。
僕がモジモジしているのが伝わってしまったのだろう。
「大丈夫ですよ。」
僕はやせ我慢で返事をしたが、彼女はもう決めたようだった。
「お互い様だからね。中で困ったらボタンを押しなさいね。」
まるで我が子に話すようにおっしゃった。
僕はかあちゃんに言われているような気になってとてもうれしくなった。
先にトイレを使用させてもらってからお礼を伝えた。
それから階段を下りてホームに向かった。
「ホームも気をつけるんだよ。」
背中からまた彼女の声がした。
僕は一瞬立ち止って後ろを振り返った。
「ありがとうございました。そちらも気をつけてくださいね。」
今朝自宅を出てからバス、阪急電車、バスと乗り継いでライトハウスに向かった。
お昼過ぎに会議を終えて近くの食堂で好物のポンカラ定食を頂いた。
「先生、カキフライも始まったよ。」
僕を知っている食堂のおかみさんが小声でささやいてくれたけど
初志貫徹でポンカラにした。
鶏のから揚げをポン酢で食べるというものだ。
慣れたおかみさんは店内の誘導から食事の説明まで見事にやってくださる。
胃袋も心も満足して店を出た。
それからバスで駅に向かい地下鉄に乗り換えた。
一瞬ホームで方向を見失ったが通行人が助けてくださった。
新しく憶えた駅からバスで大学まで行って講義を済ませた。
帰りはまた同じルートでいつもの四条駅で阪急電車に乗り換えた。
秋の京都の中心駅は人でごった返していた。
点字ブロック沿いに歩く僕をまた通行人の方が改札口までサポートしてくださった。
地元の桂駅に着いた。
コンコースを歩いて歩道橋に向かった。
また別の方が声をかけてバス停まで連れて行ってくださった。
今日一日で利用したバス7回、乗車した電車4回、我ながら凄い移動だ。
目が見えれば、誰とも話さずスマホでも見ながらできることなのかもしれない。
でも、見えない僕にはそれはできない。
今日手伝ってくださった通行人など5名くらいかな。
食堂のおかみさんとも駅員さんとも会話をした。
そして車椅子の素敵なおばあちゃんにも会えた。
これって、どう考えても幸せですよね。
勿論、目は見えた方がいいに決まっているんですけどね。
これから、あのおばあちゃんにまた会えたらいいなって思いながら、
あの駅を利用することになります。
教えてくれたガイドさん、サポートしてくださった皆さん、駅員さん、おかみさん、
そして車椅子の素敵なおばあちゃん、
ありがとうございました。
(2018年11月24日)