英語

ホームは結構混んでいる感じだった。
電車が到着してドアが開いた。
僕は耳を澄ませて降りてくる人の足音を聞いていた。
その音と雰囲気で乗り込むタイミングを決めるのだ。
人の話し声やアナウンス、ゴロゴロ旅行かばんの音、発車を知らせる効果音、
その騒々しさの中にいるのだからほとんど勘の世界だ。
乗り込むのが早過ぎれば降りてくる人にぶつかる。
遅過ぎればドアが閉まってしまうかもしれない。
一瞬の判断だ。
「今だ。」と思った瞬間、誰かがそっと僕の肩を押した。
その押し方は僕にタイミングを教えているものだった。
「ありがとうございます。」
僕はつぶやきながら、そして安心して乗車した。
その流れの中で彼に話しかけられた。
英語だった。
情けないが僕の英語は中学生レベルだ。
きょとんとしている僕に彼は再度話しかけた。
「シート」という単語だけが聞き取れた。
「OK.」
僕はそう言いながら彼の肘を持った。
彼は近くの椅子まで移動して僕の手をシートに触らせた。
僕は座ることができた。
「サンキュー ベルマッチ!」
僕はそう言って頭を下げた。
彼は何か返してくれたがやっぱり判らなかった。
もっとちゃんと英語の勉強をしておけば良かったと後悔する瞬間だ。
彼は同伴の女性と話し始めた。
美しい発音だなと思ったが、やっぱり何も理解できなかった。
電車が京都駅に到着する直前、彼が僕に話しかけた。
「グッバイ!」
これは僕にも判った。
僕は瞬間的にポケットからありがとうカードを取り出して渡した。
「サンキューカード プリーズ!」
伝わったようだった。
彼は受け取ると下手な日本語でお礼を言ってくれた。
「ありがとございます!」
僕達は笑顔を交換して別れた。
英語の下手な日本人と日本語の下手な外国人。
ほんのひとときの出会いだった。
人間同士のやさしさは言葉を越えていくのだと思った。
英語なんかできなくても何とかなる、
また妙な言い訳が頭に浮かんで恥ずかしくなった。
(2019年5月20日)