丹後半島の風

ボランティアさんの車で会場に向かった。
いや正確にはボランティアさんが手配してくださったレンタカーだった。
ボランティアさんのマイカーが軽自動車だったので、
僕が快適に過ごせるように普通車を準備してくださっていたのだった。
申し訳ない気持ちと感謝の思いが混在した。
車はスイスイと高速道路を北に向かった。
同じ京都府とは言え、僕のイメージでは丹後半島はとても遠い場所だった。
「高速道路がつながったので、2時間もかからないと思いますよ。」
ボランティアさんはまかせておきなさいという感じでおっしゃった。
それから、快晴の空を伝えてくださった。
僕は車窓から高い秋の空を眺めた。
いろいろな話をしているうちに車は現地に到着した。
会場には視覚障害者の方々がガイドヘルパーさんと一緒にきてくださっていた。
京都府の北部にお住まいの方々だった。
最初の自己紹介で参加者の声を聞くことができた。
久しぶりに耳にした声もあった。
懐かしさがこみあげてきた。
僕は感謝の思いに包まれながらマイクを握った。
いつものように思いを語った。
講演後に何人もの先輩や仲間の人が声をかけてくださった。
あたたかなメッセージだった。
最近出かけた東山区の講演会場に視覚障害の先輩が来られていたのを思い出した。
彼女は僕の手を握っておっしゃった。
「出会った頃はお兄ちゃんだったのに、立派にならはったね。
テープの録音でいろいろ聞いてたけど、今日は直接声を聞けてうれしかったよ。」
「立派じゃないけど、元気にやっていますよ。僕もまた会えてうれしかったです。」
もう90歳近くになられた彼女の手を僕は強く握り返した。
失明という経験したことのない事態に遭遇した時、
人は戸惑い、戦き、怒り悲しむ。
呆然と立ち尽くす。
これまで培ってきた経験も価値観もほとんど無力になる。
先輩や仲間が特別に何かを伝えてくれるわけではない。
秘策を伝授してくれるわけでもない。
ただ普通に笑い、普通に話、それだけだ。
ただそれだけが、氷を解かすように沁みてくる。
活きる力に変化していく。
僕もどれだけたくさんの力を頂いたことだろう。
あらためて、先輩達、仲間に感謝した。
そして、後輩たちのために少しでも力になれる生き方をしたいと強く思った。
会場を出た時、丹後半島の風がとても爽やかなのに気づいた。
(2020年11月6日)