やさしいプロの技

激しい雨だった。
バスで帰宅することにした。
乗車時間は長いが乗り換えなくて済むからだ。
ボランティアさんが傘をさしてくださったが、ちょっと濡れながらの乗車だった。
ボランティアさんは空いてる席を探して僕を座らせてから自分は別の席に移られた。
1時間程の帰路の旅だ。
これで安心して帰れると思った。
ボランティアさんは途中で降りてバスを乗り換えて帰られる。
ボランティアさんの降りるバス停が近づいてきた。
「お先に失礼します。お気をつけて。」
ボランティアさんは僕に声をかけて降車口に向かわれた。
「ありがとうございました。」
僕はボランティアさんの背中に向かってお礼を伝えた。
降車口で運転手さんとボランティアさんが何か話しておられた。
雨音で内容は聞こえなかったが、ボランティアさんの笑い声は聞こえた。
バスは発車した。
僕はスマートフォンのYouTubeを起動させて音楽を聞いて過ごした。
ブルートゥースイヤホンの音はとてもいい。
しかも音はほとんど漏れないので安心だ。
バスの中がコンサート会場に早変わりだ。
たまにそっと外して停留所のアナウンスを確認しながら過ごした。
雨はずっと降り続いていた。
最寄りのバス停のアナウンスを確認したのでアイフォンを片付けた。
リュックを背負って、折りたたんでいた白杖も伸ばした。
反対の手には傘も持って準備万端で降車ボタンを押した。
バスが停車したので降車口に向かった。
「ありがとうございました。」
僕はいつものようにお礼を言って降りようとした。
「点字ブロックにぴったり合わせてあります。隙間もありません。気をつけて。」
運転手さんが説明してくださった。
バスを降りて、僕は感動した。
白杖も入らないくらい隙間のないぴったりだった。
点字ブロックの上にはバス停の屋根もあったので、濡れないで傘の準備もできた。
本来なら点字ブロックは降車口ではなく乗車口に合わしてくださる。
本来の場所に停車すれば屋根からはずれてしまって雨に濡れることになる。
運転手さんは僕が降りるバス停を知っておられたのだろう。
プロの技と運転手さんのやさしさに胸が熱くなった。
僕は走り出したバスに向かってもう一度頭を下げた。
帰宅したらボランティアさんからのメールが届いていた。
「バスを降りる時に運転手さんから声をかけられました。
降りるバス停を知っているからちゃんとお届けしますとのことでした。
知っている人、多いですね。」
確かに知ってくださっている人は多い。
白杖を持って毎日のように出かけているからだろう。
目立つ姿であるのは間違いない。
それから、どこかで講演を聞いてくださったとかもあるかもしれない。
子供が学校で話を聞いたというのもあるのだろう。
たくさんの人達に見守られながら活動を続けられているのだ。
きっと気づいてはいないやさしさもたくさんあるのだろう。
そのすべてに心から感謝したい。
(2021年5月3日)