ごんぎつね

信子先生と出会ったのは2005年だったと思う。
「風になってください」が2004年の暮れに慣行された。
翌年に出会ったということになる。
当時保育園の園長をしておられた先生はたまたま僕の本を読んでくださった。
読み終わってすぐに数十冊を購入して保育士の先生方にプレゼントされたらしい。
うれしかった。
地域や保護者の研修会にもお招きくださった。
それからのお付き合いだ。
保育園を退職されてから先生との交流は深まった。
僕と会う時間のゆとりが先生にできたということ、僕が先生の朗読に魅かれたのが大
きな理由だったと思う。
故郷への帰省、先生のご自宅を訪ねて朗読を拝聴するのが恒例行事となった。
田園の中にある静かな家でコーヒーを頂きながらの贅沢な時間だ。
毎年違う絵本を準備してくださった。
今年は新見南吉の「ごんぎつね」だった。
これまでこの作品は小学校の頃から幾度となく読む機会があった。
若い頃に演劇も見たことがあるし、朗読も聞いたことがあったと思う。
先生は僕のために読んでくださった。
強弱をつけながら音量も変えながら読んでくださった。
でもそれは意図的ではなく自然に変化しているものだった。
僕はどんどん違う世界に入っていった。
魂がゆっくりと穏やかになっていくのが分かった。
そして膨らんでいくのを感じた。
生まれたてのようになっていった。
真っ赤な彼岸花のシーン、ずっとあったはずなのにこれまで記憶になかった。
「もう80歳を超えたから上手には読めないけど。」
先生は読み終わった後にそうおっしゃったがそこには年齢は無縁だった。
柔らかな空気、豊潤な時間だった。
僕はきっと、彼岸花の季節になると「ごんぎつね」を思い出すことになると思う。
そして先生との出会いを見つめることになるのだろう。
僕の目は景色どころか光さえ感じなくなってしまった。
そしてそれはきっとずっと続くのだろう。
でも、確かに僕の幸せはあるのだ。
ささやかかもしれないが確かに存在するのだ。
そしてそれは人間同士の交わりの中にある。
有難いことだとしみじみと思う。
(2022年10月17日)