「じゃあ、またね。」

文化の日、僕は仕事だった。
講義回数確保のために大学自体が通常開講となったのだ。
祭日が休みでないというのは僕も学生もきっと同じ気持ちだろう。
ため息をマスクで隠すようにして家を出た。
最寄り駅のホームで電車を待つ時間、爽やかな秋風が吹いているのを感じた。
行楽日和だなと思いながら電車に乗車した。
予定では京都駅で地下鉄に乗り換えるつもりだったが急遽変更した。
秋の行楽シーズン、全国旅行支援、祭日、京都駅、相当な混雑が予想できた。
リスクを避けるのも技術だ。
僕は遠回りだけど山科駅で地下鉄に乗り換えることにした。
地下鉄東西線は全駅がホームドアで安全だ。
烏丸御池駅で烏丸線に乗り換える時はやはり想像した通りだった。
白杖でホームに向かう点字ブロックを確認しながら進んだが途中であきらめた。
ホーム上のたくさんの人の中を進むのは大変だと思ったからだ。
乗る電車を一本遅らせて人が少なくなってから対応することにした。
少し離れたところで立っていた。
電車がホームに入ってくる音がした。
「一緒に乗りますか?」
ご婦人の声だった。
「助かります。」
僕はすかさず彼女の肘を持たせてもらった。
乗りながら、彼女は京都駅まで、僕は終点の竹田駅までということが確認できた。
乗車すると彼女は僕の手を手すりに誘導しようとしてくださった。
その時、端っこの席が空いているのに気づかれたようだった。
いや、僕に気づいた人が譲ってくださったのかもしれない。
彼女は僕に座るかと尋ねてくださった。
僕は喜んで座った。
今朝家を出る時に今日は一日座れないだろうなと覚悟していた。
僕はきっとマスクでもわかるくらいの満面の笑みだったと思う。
彼女にありがとうカードを手渡した。
三つめが京都駅だった。
京都駅までの間に彼女はありがとうカードに目を通してくださったのだろう。
電車が京都駅に到着する寸前、少しかがんで僕の耳元でおっしゃった。
「松永さん、じゃあ、またね。」
「はい、じゃあ、また。」
僕は子供の頃のように自然にそう返した。
じゃあ、またね。
少年時代、そう言い合いながら友達と別れて一日が終わっていた。
さよならだけど、また会えますようにという願いの言葉だったのだ。
いい言葉だなとうれしくなった。
そう言い続ければ、きっとどこかで会えるかもしれない。
じゃあ、またね。
(2022年11月6日)