サバ煮定食

毎月2回、京都市内にある就労継続B型事業所を訪ねている。
ここは視覚障害者の人が働いている施設だ。
視覚障害者の人の悩みを聞いたり相談にのったりするのが僕の役目だ。
ピアカウンセリングというものだ。
どれだけ役に立っているかは自信はないがもう10年以上続けている。
9時から16時なので昼食は施設の食堂で頂く。
食堂は暖房は入っているが少し寒い。
座る場所は指定されている。
年に数回席替えもある。
後方の入り口から入ると壁際にアルコール噴霧器がある。
消毒を済ますと足裏の浮き出た線を確認しながら進む。
食道内は一方通行と決まっている。
僕は白杖を持っているが寮生は施設内では使っていない。
皆がそれぞれの感覚で動いている。
全員が白杖を使うと危険なのだろう。
「通ります。通ります。」
全盲の人は声を出しながら歩く。
席に座るとトレーに料理が準備してある。
50人以上の食事を数人のスタッフで準備するのだからいろいろと限界がある。
糖尿食などの対応もあるので大変だ。
食器はプラスチック製だ。
ごはんとお味噌汁、メインのおかず、小鉢、デザートという感じだ。
アツアツというのは難しいしお代わりもない。
お茶はテーブルのポットからそれぞれ自分で準備する。
今日のメイン料理はサバの煮物だった。
ほうれん草のソテーも付いていた。
小鉢は根菜の炒め物、デザートは甘いお豆さんが数個だった。
食べるということは人間の幸せのひとつかもしれない。
あちこちで歓談の声が聞こえる。
笑い声も聞こえる。
ここには贅沢というものはないのかもしれない。
僕はこの空間が好きだ。
生きている自分の命、そして仲間の命、愛おしいと感じることができる。
何故だかは分からない。
「松永さん、今年も後少しだね。」
僕に気づいた全盲の女性が声をかけてくれた。
「そうだね。元気で新年を迎えようね。」
僕はそう返してごちそうさまをした。
立ち上がって歩き始めた僕に彼女が続けた。
「今日廊下でごほごほしてたやろ。無理したらあかんよ。」
僕が廊下を歩きながら少し咳き込んだのをどこかで聞いていたのだろう。
ゴホゴホだけで彼女は僕を認識していたのだ。
やさしいいたわりの言葉だった。
僕は振り返ってありがとうを伝えた。
昼食は550円だ。
勿論僕も支払っている。
彼女がこの施設で9時から16時まで働いて得る一日の収入、昼食代とほぼ同額だ。
日本の就労継続B型事業所の平均工賃は一か月1万3千円だ。
そこには最低賃金の制度もない。
だから給料とは言わない。
僕はいくら偉い学者さんや政治家の説明を聞いても納得ができない。
食堂を出ながら身が引き締まる気がした。
僕には何も変えられない。
自分の無力もちゃんと分かっている。
でも、少々無理をしても頑張らなくちゃいけないと思う。
ささやかでも僕にできることを頑張らなくちゃいけない。
それは僕自身のために。
(2023年12月14日)