椿

毎年、その道を通っている。
一年に一度、お寺へのお参りの時に通る。
神戸の震災の翌年からだから今年で28回目だ。
児童福祉施設で働いていた頃、一人の少女と出会った。
彼女が幼稚園に通う頃から15歳で施設を退所するまで一緒に暮らした。
神戸の母親に引き取られた後も年に数回は会っていた。
1995年1月5日、僕の38歳の誕生日に一番先にメッセージをくれたのは19歳
になった彼女だった。
その時の電話口のやさしい声を僕は忘れることができない。
夜間高校の卒業式に出席して欲しいということも言われた。
その時に渡すように誕生日プレゼントを準備してあると言ってくれた。
僕は何も要らないと言ったが、卒業式への出席は約束した。
そのやりとりが最後だった。
僕は約束を果たした。
まだあちこちにブルーシートがある中を避難所横の卒業式会場に向かった。
彼女が座るはずだった席には小さな花束が置いてあった。
校長先生は卒業証書の氏名を読んでくださった。
僕は零れ落ちる涙を拭くことさえできなかったことを憶えている。
中学を卒業してからの進路を決める時に彼女は迷った。
相談を受けた僕は彼女の心に任せた。
僕が本気で引き止めれば神戸には行かなかっただろう。
僕の判断は間違っていたのかもしれない。
僕は懺悔のためにお参りを続けているのかもしれない。
そして、あれから29年生きてきたんだ。
振り返るとうまくいったことよりうまくいかなかったことの方が多い。
喜びよりも苦しみや悲しみが多いかもしれない。
苦しませてしまった人、悲しませてしまった人、きっと多い。
お参りの帰り道、椿の花に出会った。
掌で覆うようにして花の大きさを知った。
少し空を向いていることも分かった。
濃いピンク色だった。
花弁のしなやかさに命を感じた。
命を愛おしく感じた。
僕の命もいつかは終わる。
あと幾度、僕はこの道を歩けるのだろう。
この道を歩く時にこの花に出会うことがきっと楽しみになる。
冬の空を見上げてなんとなくそう思った。
(2024年1月25日)