中学一年生を対象にした人権講演だった。
会場は中学校の体育館だった。
予想最高気温7度という厳しい冷え込みの中、僕はコートを着たままで対応した。
話を聞く側の生徒達も大変だったと思う。
それでも、整然とした空気の中で講演はスタートできた。
これは事前学習などの効果も大きかったのかもしれない。
僕は先生方に感謝しながら話を進めていった。
小学校の時に僕の話を聞いたことがあるという生徒達もいた。
基本的な内容はそのままに、人権など一歩踏み込んだ話をすることができた。
いつものように、電車やバスの中で立ったまま過ごしているという話もした。
空席を見つけられないので立っているというエピソードだ。
その話の流れで、ありがとうカードの紹介もしようと思った。
その時、ふと思った。
小学校の時にありがとうカードをプレゼントしたはずだ。
まだ持っていてくれる生徒がいるかもしれない。
僕は生徒達に尋ねてみた。
持っていてくれた生徒達が声を出してくれた。
うれしかった。
僕の右手の人差し指がグレー一色の向こう側にいる生徒を指差した。
200人くらいの生徒達の一人を指差したのだ。
何も見えない状態で指名する、不思議なことだ。
小さな奇跡は神様が仕組んでおられるのかもしれない。
僕の隣にきてくれた生徒に、僕は新バージョンのありがとうカードを手渡した。
それからマイクを預けて、朗読をお願いした。
「声をかけてくださって助かりました
光も見えなくなってもう25年の時間が流れました
確かに見えない暮らしには慣れました
でも やっぱり
今でも駅のホームを歩くのは怖いです
横断歩道を渡る時も怖いです
電車やバスの中で空席を見つけられないので立っています
僕の日々の暮らしは貴方のような人のやさしさに支えられて成立しているのだと思います
そして声をかけられた時
心がちょっと幸せになります
これからもよろしくお願い致します」
生徒の堂々とした、そして爽やかな声が語り掛けるように流れていった。
一番感激したのは、勿論横で聞いていた僕だった。
僕がその生徒に向けた拍手はやがて会場全体を包んでいった。
その後の会場の雰囲気、間違いなく真剣な空気がレベルアップしていた。
朗読してくれた生徒も勿論だが、雰囲気を高めていってくれた他の生徒達、素晴らしい中学生達だなと思った。
休憩時間に朗読してくれた生徒と少しだけ話をした。
別れ際にその生徒はまた堂々と僕に言った。
「握手してください。」
僕達はお互いを見つめ、笑顔で握手した。
10歳の時に出会った少女、ちょっと大人になっていた。
人間としての成長を感じた。
この生徒達が社会の中心になってくれる頃、僕はもうこの世にはいないだろう。
でも、きっと、社会は少し未来に近づいているはずだ。
未来への種蒔、聞いてくれた生徒達に、そしてお招きくださった先生方に感謝しながら学校を後にした。
(2026年2月1日)