3.11

15年前のその日、その時間、僕は京都ライトハウスの喫茶室にいた。
午前中の会議を終えて、のんびりしていたのだと思う。
コーヒーを飲みながらラジオを聴いていた。
最初はピンとこなかった。
普通の人間の想像力を超えてしまうことが起きてしまっていたのだ。
時間と共に現実を確認していった。
見てはいないはずなのに、まるで見たかのような画像が残っている。
繰り返される報道が画像を作っていったのだろう。
街を飲み込む大きな津波の映像、避難所に集まる人々の映像、壊れてしまった原発に
放水するヘリコプターの映像、残っている。
一瞬にして多くの人の命が消え、多くの人の人生が変わってしまった。
見えない自分自身が復興の役に立てないことを辛く感じたりした。
知り合いの視覚障害者の人に食料などを送ったりした。
わずかだったけれど、義援金も届けた。
そんなことさえ、今ではもう思い出だ。
15年目の今日、とにかく祈ろう。
天災、人災から学ぶこと、忘れてはいけない。
全盲の視覚障害者の人からあの震災の中で助かった話を聞いたことがある。
近くにいた人が手をつないで逃げてくださったらしい。
どんな状況でも、人間が生きている場所に人間のやさしさは存在するのだ。
そういう事実も忘れてはいけないと思う。
(2026年3月11日)