自分の顔

「どうされますか?」
いつもの質問だ。
「耳をしっかり出してください。あとは適当でいいです。」
僕の返答もいつも同じだ。
シャンプーも髭剃りもないカットだけの散髪屋さん、月に一回通っている。
サービス券を利用すると100円引きで1300円とリーズナブルだ。
サービス券は一か月以内だと使えるのだがだいたい毎回使っている。
ただこれはケチンボが理由ではない。
髪の毛が耳に触れるとどうも落ち着かないのだ。
髪の毛の量もすくなくなってきたし、白髪も混じってきているらしい。
いっそ丸坊主にしようかと思うこともあるのだがまだ決心がつかない。
散髪屋さんの椅子に座った時だけ鏡の存在を思い出す。
髪の毛を切ってもらいながら、時々そっと目を開ける。
何も変化のないグレー一色の映像が横たわる。
映像という表現自体がおかしいような気もする。
僕はどんな顔をしているのだろう。
ふと思う。
若い頃はどんな顔をしていたのだろう。
思い出せない。
父ちゃんの顔も母ちゃんの顔も妻の顔も妹の顔も憶えている。
友人達の顔も何人も思い出せる。
それなのに何故か自分の顔は忘れてしまったらしい。
30年という歳月を感じる。
不思議だけれどちょっと淋しい事実だ。
自分の顔はあまり見てはいなかったということなのかもしれない。
イケメンと言われたことはなかったのでたいした顔ではないことは分かっている。
それでもなんとなく思い出したくなってしまう。
散髪屋さんの椅子に座る度にふと鏡の方向を見つめるのはそういう期待があるのかも
しれない。
偶然に蘇る、いつかそんな日に巡り合えたらいいな。
(2026年3月19日)