朗読

朗読会を聞きに出かけた。
朗読会のメンバーのお一人は視覚障害者の先輩だ。
僕が京都の視覚障害者協会に入会した当時からのお付き合いだ。
知り合ってからもう30年近くの時間が流れたということになる。
先輩は先天盲だから、見た経験は持っておられない。
見えるとか見えないとかの違いが人間の豊かさには何も関係はないということを僕に
教えてくださった一人だ。
いい出会いができたと今更ながら思う。
先輩がステージに上がる時には誰かのサポートを受けておられる。
グループが結成されて25年近くなるらしいから、それが自然な動きなのだろう。
見える人達は台本を目で読みながら朗読される。
先輩は点字の台本を使っておられる。
左手の人差し指で点字を読んでいかれる。
何の違和感もなく読んでいかれる。
先輩も凄いし、点字という文字も凄いと思ってしまう。
僕も一応点字を勉強したのだが、目で本を読むようにという訳にはいかない。
幼い頃から文字として学んだ人と、40歳で一応学んだ人との格差は歴然としている。
それにしても、人間の声は個性があって味があるとつくづく思う。
その声に乗せることで文字の作品が別の作品に生まれ変わる。
いつの間にか引き込まれていく。
視覚障害者で読書が趣味という人は結構いらっしゃる。
朗読された作品を聞いて味わうのだ。
分かるような気がする。
目で読む、耳で読む、それぞれの味わいがある。
僕の著書もたくさんの視覚障害者の人が読んでくださっているらしい。
そこには朗読してくださった人達がおられるのだ。
心から感謝したい。
(2026年3月23日)