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手を振った

深夜の駅前の歩道橋、
僕はタクシー乗り場に急いでいた。
ふと、僕の右ななめ後ろに、人の気配を感じた。
気配は、僕に寄り添うように、僕に歩調を合わせた。
歩道橋の突き当たりの階段にさしかかろうとした時、
「階段です。気をつけてください。」
僕は、微笑みながら、
「ありがとうございます。」と返した。
「松永さんですよね。小学校の時に話を聞きました。」
彼は、21歳になっていた。
彼は、僕の記憶を呼び覚まそうと、学校名と担任の先生の名前を告げた。
「本屋さんで、松永さんのポスターに気づいて、新しい本を買って読みました。
まさか会えるとは思っていなかったので、変なタイミングの声かけになってすみ
ませんでした。」
彼は、小学校で出会ったあの日から、点字ブロックの上に自転車を停めていない
ことと、何人かの白い杖の人に声をかけたことを、僕に話した。
10歳の時の決心を、彼は守り続けていた。
そして、一生続けると、また、僕に誓った。
少ない数の言葉だったが、
やさしさに満ちた言葉だった。
彼の手引きで、タクシー乗り場まで行き、
タクシーに乗り込んだ。
僕は、ドアの向こう側に向かって、手をふった。
向こう側は、いつもの、灰色一色の世界だった。
でも、とても暖かな、美しい世界だ。
サングラスの奥に、暖かなものが湧き出した。
行き先を告げると、タクシーは動き始めた。
僕は、そっとハンカチで顔を拭いて、
深呼吸をした。
先日の小学校の研究会での先生方とのやりとりが蘇った。
何か問題が起こると、作られていく世論が、徹底的な攻撃をする。
これでもかと、うちのめす。
心優しき人達は、言葉を飲み込み、
嵐に耐える。
21歳の青年、彼が10歳の時に、
担任の先生と僕は、未来への種蒔きをした。
僕が出会った多くの先生方は、
教育に信念を持ち、子供達に深い愛情を注いでおられた。
10年経って出てくる答えもあるのだ。
いや、一番大切な答えは、
それぞれの人生の最後の日に出るのかもしれない。
素敵な先生方、ありがとうございます。
(2013年3月2日)