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夏休みの自由研究

僕のエッセイを読んでくれた小学生の男の子は、
自分が暮らしている鳥取の町が、
目の不自由な人にとって暮らしやすい町なのか、
どんな人にも優しい町なのか、
いろいろ調べたらしい。
駅の案内図や階段の手すりの点字に気づいたり、
エスカレーターなどの音声案内に納得したり、
駅員さんや交番のおまわりさんにも話を聞いたり、
いろんな角度で勉強したとのことだった。
社会科の自由研究として親子で取り組んだ姿に、
この親子のやさしさと、親子で見つめる未来への希望が、
報告メールの文面にあふれていた。
まだ会ったこともないこの親子が、
僕には、とても大切なともだちに思えた。
途中、少年は突然、階段の前で目を閉じて、
恐る恐る動いたらしい。
人間の持っている力の中で、
とても素晴らしいもののひとつが、
イメージするということなのだろう。
想像するとか、相手の立場になるとか、
思いを寄せるとか・・・。
その結果、誰かにエールをおくったり、
応援したりお手伝いをしたり、
そういう行動につながっていくのだろう。
そう考えると、やっぱり人間ってすごいよなぁ。
僕の小学校時代の自由研究の思い出、
夏休みの終わる数日前に草花を採取し、
押し花にして提出した。
担任の先生が、
「まだ生きてるね。」
そうそう、とにかくたくさんの宿題に追われて、
そこまではイメージできなかったんだなぁ。
50年くらい前の松永少年の恥ずかしい思い出です。
(2013年8月16日)