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初老

「松永さん、おはようございます。」
ラッシュアワーの人込みの中で彼女は僕を見つけてくれた。
僕は右手で白杖を使いながら階段を下りている最中だった。
朝の駅の階段は急流のように人波が動いていた。
彼女は波をかいくぐって僕の左に着いた。
僕の動きに合わせながらそっと彼女の右手が差し出された。
僕達は当たり前のように一緒に階段を下りてホームに到着した。
それから少しでも混雑の少ない場所に移動した。
「今日は大学ですか?」
僕の活動を知っている彼女が尋ねた。
「今日は午前中に国際会館の近くの小学校、午後から専門学校だよ。
だから烏丸で地下鉄に乗り換えだね。」
僕は直近の経路を説明した。
「私、四条烏丸の会社なので地下鉄の改札まで一緒に行きますね。」
自分の出勤時間と駅の込み具合などを計算しながら彼女が出した答えだった。
小学校の時に出会った彼女はもう一児の母となっている。
「よく頑張らはりますね。」
僕の活動歴を知っている彼女の感想だった。
「中年フリーターだから仕方ないね。」
僕は笑った。
「中年ではなくて初老のですね。」
彼女は悪戯っぽく笑ってちゃかした。
僕達は到着した電車に飲み込まれて烏丸に向かった。
地下鉄の改札まで送ってもらって彼女と別れた。
「気をつけていってらっしゃい。」
背中から彼女の声が聞こえた。
今日出会う子供達の中から将来の彼女が育っていくだろう。
正しく知る機会があるかないかはとても重要だ。
でも、その時、僕は初老ではなくて後期高齢者ということになるのだな。
もう活動はしていないだろうけど、それまで元気でいたいなと思った。
(2020年2月4日)